「……クライサ。てめぇ、いい加減にしろよ……?」
地を這うような低音が、ダイニングテーブルに両手を叩きつけた土方さんから発せられる。
彼の双眸は『副長』と呼ばれていた頃のような鋭さと冷徹さをもってあたしを射抜くが、こちらとていちいちそれに怯んでいられるような立場ではない。
いつものように帰宅後、書斎に籠もって持ち帰った仕事に打ち込んでいた土方さんを、キッチンから夕食の支度が終わったと呼んで、彼がダイニングにやってくる前には……いや、今夜の献立を決めた時から、臨戦態勢はとれていたのだ。
「酢豚にパイナップル入れんのはやめろって、何回言わせんだよてめぇは!!!!」
はい抜刀。
第二次酢豚パイナップル戦争開戦です。
嘘です。二回どころじゃない回数開戦してます。
普段、土方さんはあたしの料理に、注文はすれど文句をつけることはない。あまり好みでない料理や味付けに対してはハッキリと物を言ってくれるが、それはあくまで注文だ。毎日食事を用意している側の身になった言い回しをしてくれるので、それに反感を抱いたことはない。
ーーが、酢豚にパイナップル。これだけはどうにもこうにも許せないようで、初めてあたしが食卓に出した時に、彼は許されない発言をしてしまった。こんなもの人間の食うもんじゃねぇ、と。極力土方さんの好みに合わせてきたあたしだが、この言葉で火がついた。
「何回言われたって入れ続けるよ。おいしいじゃん」
「うまかねぇよ。酢豚に甘味なんか必要ねぇ。抜け」
「嫌だね。アンタに食わせてうまいって言わせるって心に誓ったんだ。必ず撤回させてやっからな、『人間の食うもんじゃねぇ』発言」
「……おい、完全に目ぇ据わってんぞ」
「土方さんこそ」
両手ついたテーブルを挟んで額突き合わせてるあたしたちは、端からどう見えるんだろう。以前の戦争で居合わせた総司は、確か呆れて傍観してた。
「酢豚には酸味と甘味が必要なの。パイナップルはそれに最適な食材なんだよ。豚肉を柔らかくする効果もあるし、お肉の消化も手伝ってくれるんだよ」
「知るかんなもん。飯に果物なんざ入れるんじゃねぇよ。パイナップルは飯の後にデザートとして食えばいいんだよ」
「カレーに入ってるリンゴと蜂蜜はノーマークのくせに」
「あれはまた別物だろうが。リンゴが一切れ入ってるわけじゃあるめぇし」
「なにパイナップルすりおろして入れろって話?」
「ざけんな。そういう問題じゃねぇ。酢豚にパイナップルなんてもん入れてんのがそもそも許せねぇんだよ。邪道だ」
「邪道じゃないよ!いやそもそもね、あたしにだって好みはあるから、土方さんが嫌だってものを無理に勧める気はないよ?」
「勧めてんじゃねぇか今現在!!」
「そりゃアンタが元・農民の出らしからぬ発言したからでしょ!?食べ物に対する冒涜だ!!撤回しろ!!パイナップルの神様に祟られろ!!」
昔、平助や新八がおかず取り合った末に膳の上のものをぶちまけたりした時、誰よりも声張り上げて怒鳴りつけてたじゃないか。あたしも食べ物は粗末にしたくない人だから、そんな土方さんの姿には大いに好感が持てたのだ。
「なのに変わっちまったよアンタは!!」
「あぁ!?」
「いいよもうアンタなんか酢豚神の天罰を受ければいいんだ!」
「さっきから何なんだよ、いるのかパイナップル神と酢豚神」
「知らないよ!何だよそれ!」
「お前が言ったんだよ!!」
「今度からパイナップルのかわりにたくあん入れてやるんだから!!覚えてろ!!」
「…………」
「うあぁムカつく!!ちょっとうまそうだなって顔した!やだもうこのたくあん星人!!実家に帰ってやるぅぅ!!」
「ほー?どこに帰る気だ?」
「ロンドン!」
「阿呆。お前の両親の実家はバーミンガムとエディンバラだ。両親の出身くらい聞いとけ」
「『私たちの心の故郷は日本よ』とか素で言ってくる人たちにどう聞けってのさバーカ!!」
「言っとくが、俺の実家は今誰もいねぇからな」
そう、あたしの駆け込み寺でもある土方さんの実家には、あたしを溺愛してくださってるおじさんおばさんがいるのだが、一昨日から町内会の温泉旅行に参加していて今は不在。
勝ち誇った顔でニヤニヤ笑んでいる土方さんをキッと睨みつけ、ポケットから出した携帯開いてクイック呼び出し。こういう時にあたしが駆け込むのはおじさんおばさんのところだけじゃない。それに気付いた土方さんが顔色を変えた。
「総司!今晩泊めて!!」
『いいよ』
「即答か!!ダメに決まってんだろ!兄ちゃん許さねぇからな!!」
「うわ土方さんキャラ違っ」
『ほんと、クライサちゃんって愛されてるよね……』
酢豚パイナップル戦争、今回も無事(?)終戦。