「っていうか、出来過ぎてるよねぇ……」

奇跡も奇跡、奇跡すぎる。いくら何でも奇跡の大安売りしすぎだろ、神様。

私立薄桜学園高等部、一年A組。土方さんが担任を務めるあたしのクラスには、懐かしい顔ぶれが集まっている。雪村千鶴、藤堂平助、斎藤一(とんだミラクルで全員同じ学年だ)。
そして教師陣には、原田左之助、永倉新八、山南敬助といった面々がいる。やはり皆、前世のことは憶えているようだ。

「何が?」

そしてもちろん、彼も例外でなく。

「あたしたちがこうして、ゴキゲンな学生生活を送れてることが」

「まぁ、確かにね。でもいいじゃない、僕はまたクライサちゃんと一緒にいられて嬉しいよ」

「はいはい」

若草色の目を細めて猫のように笑うその表情は見慣れたもの。沖田総司は足まで乗り上げたソファーに横たわり、携帯を弄りながら時折顔をこちらに向けてくる。
おい総司、そのソファーは三人掛けだ。一人で占拠してんじゃねぇ。…っていつも叱る土方さんはまだ学校だ。

総司は千鶴や平助、イチくんと同じくあたしのクラスメートである。再会の仕方は他の面々とちょっぴり違ったのだけど、それはまた別のお話ということで。
今日は学校帰りにスーパーで買い物するのに付き合ってもらったから、そのお礼に夕飯をご馳走することにしたのだ。というか、何度も同じことをしているから、もう恒例になっている。

両親を早いうちに亡くした総司は、年の離れたお姉さんが母親代わりをしてくれていたらしいんだけど、彼女が結婚するにあたり、総司も高校生になるからと一人暮らしを始めたのだ。うちから車で五分くらいのところにあるマンションを借りている。
一人でもそれなりに家事をこなしてはいるようだけど(小さい頃からお姉さんの手伝いをしていたらしい)、ご飯はみんなで食べたほうがいいと、我が家の食卓に初めに誘ったのは土方さんだ。それから総司は頻繁にうちに来るようになった。

「……また変な顔してる」

「うん?」

床に正座してローテーブルに広げたチラシと向き合っていたあたしからは、ソファーの上の総司は見上げる形になる。彼は、たぶんイチくん宛てに打っていたメールを送信し終えて、携帯を閉じた。ソファーに正しく座り直しながら、あたしと目を合わせる。

「変な顔って?」

「昔の顔。労咳で寝込んで『僕は新選組に必要ないんじゃないかな』っていじけてた頃の顔」

「何それ、僕のマネ?似てないよ」

総司はけらけら笑って、それからはぁ、と溜め息を吐いた。

「だって、幸せすぎるもの」

ここは、あの新選組が生きた動乱の時代から、150年近く後の世界。
幕府はなく、将軍もいない。刀を差した武士もいない。戦をしないと決めた国には、犯罪はあれど、あの頃の新選組のような存在は必要ない。誰かを斬るためだけの存在などは。

「あれだけ殺してきた僕が、こんな平和な世の中で生きていられるなんてさ」

「……『僕』じゃない。『僕たち』にしといて」

「……うん」

みんな、刀を持たない。持たなくて済む時代だ。
近藤さんは薄桜学園の校長先生で、土方さんも左之も新八も山南さんも先生やってて、イチくんや平助、千鶴は学生として毎日学園に通ってる。あたしと、総司も。

「いいのかな、って、いつも思うんだ」

近藤さんがいて、土方さんがいて、山南さん、イチくん、左之、新八、平助がいて、千鶴がいる。
新選組として共に戦った顔ぶれと、平和な世界でまた出会えた。今度は、戦う必要などない場所で。

「近藤さんはいつも笑ってて、土方さんはまたいつも怒ってる。山南さんの笑顔は土方さんよりよっぽど怖くて。左之さんと新八さんが先生って、やっぱりちょっとおかしいよね。真面目すぎる一君もやんちゃすぎる平助も、昔と何も変わらなくて、千鶴ちゃんは相変わらず天然のお人好しで」

「総司はやっぱり猫みたいに気まぐれで、悪戯好きで、イジワルで」

「クライサちゃんだって悪戯好きで、土方さんを怒らせてばっかりじゃない」

「しょうがないよ、楽しいんだもん」

「……そうだね、楽しいことのために、君は何だって頑張れる子だった」

みんなみんな、昔と何も変わらない。それを実感するたび、嬉しくもなるし、不安にもなる。

「こんな人生を、僕がもらっちゃっていいのかな……」

立ち上がる。俯いた総司の頭に両手でチョップ。

「……クライサちゃん?」

呆けた顔を上げた彼のおでこにデコピンだ!

「もらっちゃったもんはしょうがないんだから、力の限り楽しめばいいよ。幸せは歩いてこないってのに、せっかく向こうからきてくれたんだから、とっつかまえて逃がさないようにしなきゃね」

神様、うっかり安売りしちゃった奇跡、返品は出来ませんから。

「こんな貴重な経験してんのに、うにゃうにゃ悩むなんて勿体無い。儲けもんだと思って楽しまなきゃね」

人生笑って生きなきゃ勿体無い。楽しまなきゃ損だ。
かの氷の錬金術師の顔を何度も上げさせたこの言葉は、このクライサ・リミスクの中にも根付いている。いつだって、あたしは世界一の幸せ者なのだと、声高らかに自慢出来るようにってね。

暫し目を丸くしていた総司は、ぷはっと笑った。

「クライサちゃんは、本当にクライサちゃんなんだね」

そんな当たり前なことを言いながら腹を抱えて笑い出したから、あたしもなんだかおかしくなって一緒に笑った。







「ただいまー……げ」

「あ。おかえりなさーい」

ドアを開ける音が聞こえたので、夕飯の支度をする手を止めてパタパタ出迎えに行くと、玄関で顔を顰めた土方さんが足元を見下ろしている。礼儀のなっていない若者ではないので、いつも靴は綺麗に並べているつもりだから、それに怒っているわけではない。これもまた恒例。普段はそこにない筈の靴を見つけての反応だ。

「総司のやつ、来てやがんのか」

「うん。帰りにお米買ってきたから、荷物持ちしてもらったの」

「……」

っていう言い方をすれば、土方さんは微妙な顔をする。文句を言いたいが言い難い顔だ。
いつもの習慣で土方さんから鞄を受け取り、彼が家に上がった後に玄関の施錠を確認して靴の向きを直す。それから鞄を部屋に運び(書斎ではなく土方さんの部屋のほうだ。仕事を持ち帰っている時は書斎のほうに運ぶよう言われる)、キッチンに戻ろうと家の奥へと足を向ければ、リビングに土方さんの背中。

「……おい、こいつは何やってんだ?」

ちょっと困ったような彼の声に、あたしは苦笑する。
三人掛けのソファーに横になって寝入っている総司の姿を見つけてしまって、反応に困っているようだ。

「なんか笑い疲れちゃったみたいで」

「何してんだよ、お前らは……」

二時間くらいは眠っているだろうか。話し声に反応してか、あたしが掛けてやったケットを手繰り寄せながら、うぅん、と唸る総司はそれでも起きない。

「ご飯できるまでは寝かせてあげてよ。お風呂入れたから先入っちゃって」

「…ったく、しかたねぇ奴だな…」

キッチンに入りながらそう言えば、土方さんは呆れたような声を零す。けれどその表情は声に比例しない。弟に向けるような眼差しにつられて、あたしも笑った。






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