あたしの名はクライサ・リミスク。私立薄桜学園に通う高校一年生だ。
この名前からわかるように、両親ともに外国人、詳しく言えばイギリス人だが、あたしは日本生まれの日本育ち、イギリスに行ったこともなく、顔立ち以外はほとんど日本人と変わらない。
若いうちに来日して結婚した両親は、言語も生活環境もすっかりこの国の色に染まっており、あたしたち家族はみなイギリス人の血が流れる日本人状態だ。

両親はあたしが生まれる以前から共働きで、仕事の忙しさを言い訳に揃って家事をしない人たちだった。洗濯はコインランドリーやクリーニング、掃除はダス●ン的なところに頼み、食事は外食やレトルトで済ませる。もちろん普通に家事をこなすより生活費は嵩むが、単に仕事好きで共働きをしている両親は経済的に困っているわけではなく、金で解決する分には大した問題はなかったらしい。お互い、家事はやらずとも不満はなかった、と。

もちろん、その生活に待ったをかける人はいた。
ご近所に住んでいた、両親の親友である夫婦の、特に奥さん(あたしはおばさんって呼んでる)はそんな生活をしている両親を気にかけてくれて、時折自宅の食卓に誘ってくれたりしたのだそうだ。
おばさんは家事の仕方も両親にがっつり教えたのだそうだけど、悲しいことに、それは全く身につかなかった。……やる気が無いならまだしも、本気で学ぶ気があったのにそんな結果になってしまったのだ。だめだ、うちの両親。なるべくしてなった生活だったわけだ。

洗濯はコインランドリーやクリーニング、掃除はダス●ン的なところに頼み、食事は外食やレトルトで済ませる。たまに料理に挑戦したかと思えば、壊滅的なものを作り出す始末。
それはあたしが生まれてからも変わらず(母さんが妊娠中だった時は、おばさんがほぼ毎日家に来て食事を作ったりお世話をしてくれた。本当にあたしたち家族は彼女に頭が上がらない)、物心つく前、まだまだ小さい頃にあたしは悟った。
だめだ、このままじゃあたし、ろくな育ち方しねぇ。
まだひとケタのうちに前世で培った家事スキルを発揮し始めたあたしは、それをきっかけにゆっくりと前世の記憶を取り戻していった。

まぁ、でも、それはそれ。前世は前世、今は今。
大体の記憶を取り戻した頃には、あたしは中学卒業を控える年になっていた。その頃になって、両親の仕事は海外を飛び回るようなものになり、あたしは一人、日本に取り残される形になった。
でも、大丈夫、寂しくはない。前世の記憶を持つあたしは、そんじょそこらの子どもたちと違って精神的にだいぶ大人だ。それに、仕事人間の両親は、それでも子どもに対する愛情が薄いわけではなかった。そう、ただ家事が全く出来ないだけで(しないんじゃない、しても出来ないのだ)。
……ぶっちゃけ、両親の生活を支えてやるのはかなり大変だったのだ。仕事の出来る両親なのに、どうもふわふわほわほわへけへけしてて天然素材・純粋培養・無印良品みたいな人たち。一番扱いに困るようなタイプの人間が二人、娘にコンボを仕掛けてくるのだ。よく、こんな人たちに長年付き合って来たと思うよ、おじさんとおばさん。

あ、で、両親が仕事で日本を離れる際、いくら何でも中学生の娘を一人暮らしさせるわけにはいかないと、あたしは両親の親友夫婦の息子のところに預けられることになった。おじさんおばさんとその息子は別々に暮らしていて、あたしが通う予定だった高校には息子の家のほうが近く、あたしが彼によく懐いていたから、というのが両親とおじさんおばさんが決定した所以らしい。
そうしてそれまで暮らしていた家は売り払い、両親はそれはもう楽しそうに海外へと出発していき、あたしは肩の荷が下りた思いでその彼の家へと引っ越したのだった。

「ちょっと!夕飯できたんだけど!」

ダイニングキッチンで声を上げても反応のなかったことに溜め息を吐き、対象が二時間ほど籠もっている書斎の扉をノックの返答も待たずに開けば、あたしの声に応じて、んー、とおざなりな返答。こちらに背を向けて机に向かう彼の手が、夕餉の知らせに構わず動き続けるのを見てとったあたしは、すぅっと息を吸い込んだ。

「……『しれば迷ひ しなければ迷はぬーー』」

「うわあぁあああっ!!」

途端に大声を上げて立ち上がった彼の、慌てふためく顔がこちらを向く。それに満足すると、続きを口にするのをやめてニコリと笑んだ。

「土方さん。ゆ・う・は・ん」

「……わかった」

疲れきった顔でガックリと肩を落とした、今現在あたしの保護者であるこの30過ぎのおっさんの名は、なんと土方歳三。
その名の通り、かの新選組副長の生まれ変わりだ。驚いたことに、あたしと同じように前世の記憶を持っている。
高校生ぐらいから記憶を取り戻し始めたという彼は、生まれた頃から知っているあたしが成長していく過程で、『やべぇ、こいつ麻倉じゃねぇか?』と思うようになったのだそうだ。なんだ、やべぇって。失礼な。
あたしといえば、ちっちゃな頃から『トシにぃ』なんて呼んで懐いていた相手があの鬼副長だったなんてとんでもない事実を、中学生という多感な時期に知ってしまったのだ。既にあたしが『麻倉』だと気付いてる土方さんに確認して、頷かれた日にゃ、ショック通り越して大爆笑した。

で、さっきも言ったけど、前世は前世、今は今。
お互いのことは認識してるし前世での出来事も憶えちゃいるけど、あたしも土方さんも今は今、第二の人生として楽しんでいる。

……だってめちゃくちゃ面白いもんよ!
あたしが春から通っている薄桜学園には、本当に不思議なことに、新選組の面々の生まれ変わりが揃っているのだ。先生やら生徒やら、年齢関係は前世の頃とは少し違うけど。土方さんも古典教師として、しかもあたしのクラスの担任として教鞭を執っている。超おかしい。

「いたっ!ちょ、いきなり何すんの!?」

「なんか馬鹿にされた気がしてな」

夕飯後の食器洗いをしていた頭をはたかれて文句を言えば、暴力教師はそんな言い訳を残して冷蔵庫の扉を開け、中を物色する。意図がわかっているあたしはそれ以上の文句を諦め(内心馬鹿にしたのは本当だし)、昨日作ったプリンが一段目に入っていることを教えた。

「こっちのゼリーは?」

「ダメ。そっちは明日学校に持ってくの」

ちぇ、って顔して大人しくプリンの容器とスプーンを持って、テーブルの向こうのソファーへ向かう背中を、肩を竦めて見送った。
意外にも土方さん、甘いものは好きなほうだ。あたしが趣味でお菓子を作れば、最初に食べるのは大体彼なのだ。濡れた手を拭いながら、リビングでテレビを観ている兄貴分を眺める。プリンなんて可愛らしいものを食べている土方さん。

(ほんと、新選組時代じゃ考えられなかったなぁ……)

ちょっぴり懐かしい思いに耽りつつ、口元に微かな笑みが浮かんでいることを自覚する。あの頃は大変だったけど、充実していた。
前世で出会い、数年の間ともに暮らし、ともに戦った面々と、今またこの世界で出会えたことに、心から感謝している。こんな平和な世の中にまた揃って生を受けて、しかもほとんどの者が前世の記憶を持っているというのだ。なんて奇跡だろう。






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