クライサ・リミスク、ただいま絶賛激怒中です。

「はあぁあ!?今さら何それ!?どんだけの付き合いだと思ってんのさ!馬鹿じゃないの!?馬鹿!ばかばかばぁーか!!」

場所は新選組屯所副長室。あたしをこれだけ怒らせてくれたのは、文机から振り返る形でこちらを向いた土方さんだ。

『遠からず、この国は大きな変化を迎えるだろう。戦だって起きるかもしれねぇ。俺たちはもちろん幕府のために戦うが、本来無関係のお前がそれに付き合う義理はねぇ。お前に総司の補佐を任せたのは俺たちだが、それに縛り付けられる必要はねぇんだ。無理に残らなくていいから、お前はお前の世界に帰れ』

巡察の報告に副長室を訪れたあたしに、土方さんは真顔でそんなことを言った。
そんなことを。
そんな、馬鹿なことを。
……これがブチ切れずにいられるか!!

「なめんなよ。あたしは自分で、ちゃんと選択肢を用意してる。アンタたちに言われるまでもないよ。あたしがここにいるのは確かにあたしの意志で、他人の意志なんか知ったこっちゃないんだ。誰かのために自分の意志を曲げるなんてこと、このあたしがそうそうする筈ないって、数年も付き合ってりゃわかるでしょ。なに、無理に残らなくていいって。イヤなら頼まれたって残らないよ。頼むから帰ってくれって泣いて土下座されるまで居座るよ。むしろ泣いて土下座されても帰らないよ。あたしの自己中心的思想なめんのも大概にしろよ。っていうか千鶴このまま残して安心して帰れるかヴァーカ!!!!」

「わかった俺が悪かったから瞬きしろ」

「瞬きも忘れるわ!!」

あたしの逆鱗に触れたらしいと察したのか、土方さんは面倒くさそうな顔をしながらも反論してくることはなく、大人しくあたしの怒鳴り声を聞いていた。
いつも土方さんと喧嘩する時はお互いに怒鳴り合うのがパターンだったから、一方的にあたしが怒るのは実は初めてじゃないかってくらい珍しいことだ。

文句も言い終えて、ただの悪口でしかなくなった『バカ』を六回くらい叩きつけた後、土方さんは詫びのかわりに団子でも食ってこい、と懐から出した小銭を放り投げた。
それを無事にキャッチしたあたしは、もちろん体よく追い出されたことには気付いているが、せっかく与えられた休憩時間なのだからと有り難く屯所を後にすることにした。

「さっきは随分怒ってたな。怒鳴り声、かなり響いてたぜ」

土方さんにバカバカ言えるのなんてお前くらいだろ、なんて笑っているのは左之だ。屯所を出る時に会って、今は手が空いてると言うのでお茶に誘ったのだ。通りを前にして長椅子に座るあたしの隣でお茶を飲んでいる。

「土方さんが悪い。何なのホント、無理に残らなくていいって。帰っていいとか帰れとかって言われるのは、何を今さらとは思いつつ別にどうってことはないけど、無理にって言うのが気にくわない。お団子おいしい」

「そりゃ良かった」

「だいたい土方さんはいつもいつも何をあんなに怒ってるわけ?そりゃ眉間の皺も固まっちゃうよね。老けて見えるよっていつも忠告してあげてんのにまた怒るし、マッサージしてあげるよって眉間揉んでやったら刀出してくるから白刃取りするはめになるし、クソ忙しいわりには陰でこそこそ俳句詠んでるし、お団子なくなっちゃったし」

「ねえちゃん、悪いが団子二本追加してくれ」

食べ終わった団子の串をダーツに見立てて、視線の先にいる鬼副長の幻影に狙いを定める素振りをすれば、通行人がギョッとして足を止めた。直後、左之にげんこつを落とされたので事なきを得る(もちろん、たんこぶのできたあたしの頭は大事だ。ぎゃふん)。

「……好きだって、伝わってないのかなぁ……」

椅子に片膝を立て、額を膝頭にこすりつけるようにして呟くと、隣の左之が無言で手を伸ばしてくる。髪をぐしゃぐしゃかき混ぜられた。

「千鶴が好きだ。この国の変動にあの子が巻き込まれるなら、その中でもあの子が道を選べるように手助けしてやりたい」

ただ流れ流されていくのはダメだ。新選組と共にいるなり離れるなり、ちゃんと彼女の意思で選ばせてやりたい。彼女がちゃんと自分の道を歩んでくれないと、元の世界に帰ってからも心配でしょうがなくなりそうだ。

「新選組が好きだよ。異端者でしかないあたしを迎え入れてくれた。あたしを仲間だって言ってくれた。あたしに帰る家をくれた。女でガキだってわかっていながら、あたしを慕ってくれる隊士たちも大事だ。柄じゃないけど、導いてやりたいって気持ちにもなる」

武士は嫌いだ。命よりも誇りを選ぶ、武士の潔さは大嫌いだ。
だけど、それを目指す近藤さんや土方さんたちの愚直さは好きだ。真っ直ぐで、眩しくて、大切な誰かたちを思い出す。

「今の生活が大好きだ。元の世界に帰るのを、躊躇っちゃうくらい好きだよ」

ここはあたしの居るべき場所でないとわかっているけど、もう元の世界に帰ることは出来るのだけど、ずっとずっと先延ばしにしている。
だって、居たいのだ。あたしは、『できる』うちは、自分のしたいことをすると決めたから、居たいだけ居ようと思ってる。この世界に居ちゃいけないっていうなら、はじめからこんなとこによこすなって話だよね!

「はい万事解決!お団子食べます!」

「何が解決したんだかさっぱりなんだが」

「ところでここの娘さん可愛いよね。京訛りっていうの?口調も声も柔らかくて綺麗だし。角の三國屋のお姉さんも美人だけど。あ、三國屋の饅頭最近食べてないなぁ。だいぶ前に近藤さんがお土産に買ってきてくれたのが最後だっけ」

「お前、本当に興味があっちこっちすんなぁ」

おいしいお団子たらふく食ったら怒りもだいぶおさまりました。他人の金だと思うとさらにおいしいよね。
残りの仕事もあることだし、屯所に戻ろうと茶店を後にする。

あれだけ怒っておけば、土方さんももう馬鹿なことは言ってこないだろう。いつこの世界を去るか、あたしの判断に任せてくれる筈だ。

そうだよ、あたしは今の生活を気に入ってるんだ。

人手不足で仕事に走り回る日常も、大変だけど充実してる。
伊東と共に出て行ってしまった平助とイチくんには、なかなか会えなくて寂しいけど、また一緒に新選組の仲間として戦えるようになったらいいなって思ってる。
そうしたら、左之も新八も喜ぶだろう。また三馬鹿で大騒ぎして、土方さんに怒られたらいいんだ。
近藤さんは以前にも増して忙しそうで心配だけど、それだけ新選組が頼られてるんだって誇らしそうに笑われれば、彼の夢が叶うのならと、へたに休みを取れとも言えない。
土方さんもそうだ。人一倍考えることの多い彼だけど、それが新選組の、近藤さんのためになるならって頑張ってる。
山南さんはあんな身体になってしまったけど、心は新選組の一員のままでいてくれたならいい。
ハルも、源さんも、山崎君も、島田君も。一番組や、その他の平隊士たちも。もちろん、千鶴も、あたしは、大好きなんだ。幸福な未来があれ、と望んでしまう。みんなの努力が形になればいいのに、と。そんな好都合な夢を見てしまう。世界はあまりに理不尽だと、知っているのに。

「総司は」

肩が震えた。
後ろを歩く左之の声に足を止め、振り返る。

「総司は、お前にとって何なんだ?」






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