屯所での生活にも慣れてきた頃。
部屋でお仕事中の近藤さんにお茶を運んだ帰りに廊下を歩いていると、中庭に幹部さんたちの姿を見つけた。
「あ、千鶴ちゃん」
私に気付いた沖田さんが声を上げると、そばにいた永倉さんと原田さん、平助君が振り返る。千鶴!と笑った平助君が駆け寄ってきて、続いて他の皆もこちらに歩いてきてくれる。各々の手にお団子を持って。
「千鶴ちゃんも食べる?」
「……いいんですか?」
沖田さんが抱えた包みを差し出して穏やかに微笑んでくれたので(そしてその笑みに何も含みが見当たらなかったので)、私はいただきますと言ってそのうちの一本に手を伸ばした。その時、
「!なんだ!?」
永倉さんの声が響く。何事かとその視線を追うと、中庭の中心付近に突然光が生まれーー
「痛い!!」
「!?」
突然空中に現れた何かが地面に落下し、悲鳴を上げた。
「……人?」
平助君の言葉通り、人間らしい。顔面から落ちたのか、顔を擦りながら痛みに呻くその人は、見たこともない装いをしていた。何より目を引くのは、私たちの頭上に広がる空のように透き通った青色の髪。
「いたた……」
見たところ女の子のようだ。多分、私よりも幼い。体を起こしたその子に、いつの間にそこまで近付いていたのか、沖田さんが刀を向けた。
「沖田さん!?」
「ねぇ君、何者?」
沖田さんは凄く冷たい目で女の子を見下ろしており、それを見守る永倉さんたちの顔も真剣そのもの。……そうだ。ここは新選組の屯所。一般人立ち入り禁止のこの場に突然現れたこの子が何者かわからない以上、警戒を解くわけにはいかない。
地面に座り込んだ状態の女の子は、眼前に刀を突き付けられても落ち着き払っていた。何でもないような顔で、目の前に立っている沖田さんを見上げている。
「どうした?」
騒ぎを聞きつけたのか、土方さんと斎藤さんが廊下の先からやってきた。庭を指差せば、そちらを向いた二人が微かに目を見開く。しかしすぐに目を細めた土方さんが状況を尋ねると、永倉さんがあの女の子が突然現れたことしかわからないと説明した。
その間も微動だにしなかった彼女と沖田さんだったが、唐突に動きを見せた。
「!総司!!」
全く動かなかった女の子に、沖田さんが前触れもなく突然刀を振るったのだ。その首を跳ねるような容赦のない刀の振りに、周りの皆も顔色を変える。
しかし鮮血が散ることはなかった。沖田さんが刀を止めたわけじゃない。間に誰かが割り入ったわけでもない。その場にただ座っていただけの女の子が、後ろに跳ぶようにして刀を避けたのだ。
「……危ないなぁ、もう」
全員が目を瞠る中、着地そのまま体勢を低くした状態で女の子が口を開く。
「いきなり何すんの」
「いやぁ。君、かなりできるみたいだったからさ、試してみたくて」
特に気を悪くした様子もなく彼女が言えば、沖田さんは明るく笑って刀を納めた。すると女の子の口にも笑みが浮かぶ。
「この中で一番話が早い人って誰?それなりに偉い人がいいんだけど」
「僕らもそれなりに偉いけど……だいぶ偉くて決定権を持つ人がちょうどいるから」
と言いつつ沖田さんは私の方をーー正確には私の隣に立つ土方さんを見た。その視線を追った女の子は、とても不機嫌な顔をした土方さんと目を合わせて苦笑する。
「……話は早そうだけど、容赦もなさそうだね」
こりゃ命懸けかな、と困ったふうでもなく女の子が肩を竦めると、でしょ?と沖田さんが楽しそうに笑った。