メインストリートのとある角を曲がったところで、友人の後ろ姿を見つけた。

「アルフォンス」

「あれ、リオン?」

何かと有名な錬金術師兄弟の片割れ、東方司令部では出来た弟と知られるアルフォンス・エルリックである。振り返った鎧の傍らに小柄な少年の姿を見受けられず、リオンは首を捻った。

「エドワードは一緒じゃないのか?」

「うん。兄さんは宿で文献を読んでるよ。ボクはその間に買い物をしておこうと思って」

「なるほど」

確かに、買い物を終えてきたらしく紙袋を抱えている。納得して頷くと、今度はアルフォンスのほうから、リオンはこんな時間にどうしたの、と尋ねられた。疑問に思われるのも無理はない。普段なら、この時間は司令部で書類と格闘している頃だ。軍服を着ている以上、休暇で街をぶらついているとも思われないだろう。

「うーん、見回りっていうのかな。ここ最近、南部のほうでテロが多発してるの、知ってるか?」

「うん、爆破テロだよね。軍の施設ばかり狙われてて、今のところ民間人に被害は出てないって聞いてるけど」

「ああ。大佐が言うには、近いうちに犯人グループは確保出来るだろうって話だけど。で、東部のほうでテロ予告があったわけじゃないが、一応街の様子を見ておいたほうがいいだろうってことで、ある程度手が空いたら街を見回るように言われてるんだ」

おそらくは余計な心配で済むだろう、とロイも言っていたが、南部のテロ事件が解決するまではこちらも注意しておいたほうがいいだろう。
納得した様子のアルフォンスと並んで歩きながら、通りに面した店や通行人たちの雰囲気をそれとなく探る。特に変わった様子はなさそうだ。

「あら、リオンくんじゃない。ちょっと久しぶりね。お元気?」

「うん、久しぶり。元気にしてるよ」

通りがかった果物屋の女主人に声をかけられ、足を止める。料理が得意でないリオンは、この店で購入した果物を朝食にすることが多々あるのだ。

「良かったらリンゴ持っていってよ。ああでも、今日のはちょっと、そのまま食べるには向かないかもしれないね」

「ああ、じゃあ姫に持ってくよ。アップルパイにしてくれそうだし」

「あら、いいわね。じゃあ、お手間かけさせるかわりに、たくさんあげるわ。クライサちゃんにもよろしく言っといてちょうだい」

「うん、ありがとう」

手早くりんご数個を包んでもらい、紙袋を受け取りつつリオンは礼を言った。女主人はアルフォンスに向かって、あなたも分け前もらうのよ、なんて悪戯っぽく笑う。曖昧に笑ったアルフォンスの腕を、リオンはぽんぽんと叩いた。

果物屋を後にして数分、二人はそれぞれに紙袋を抱えて歩いていたが、ふいにアルフォンスが足を止めたので、少しだけ前を進むことになったリオンが振り返る。

「アルフォンス?」

どうした、と問うも、彼は辺りをキョロキョロと見回すだけでリオンの問いに答える様子はない。いや、おそらく聞こえていないのだ。

「アルフォンス」

「…………声が」

もう一度名を呼ぶと、漸く返答らしきものがあった。続きを待つ。が、

「猫の鳴き声が聞こえる!」

は?

そんなもの聞こえるか?と問う前に、アルフォンスは脇の細い路地へと駆け込んでしまった。

「あ、おい、アルフォンス!?」

まさか放置して立ち去るわけにもいかないだろうと、リオンもその後を追って路地へと入る。高さのある建物に挟まれた細い道は、昼間だというのに薄暗く、人気もない。
真っ直ぐ奥を見ても既にアルフォンスの姿はなく、いくつか角を曲がることで漸くその姿を見つけることが出来た。しゃがみ込んだ大きな体に隠れて見えないが、確かに小さな猫の鳴き声は聞こえる。……こんな小さな声をよく聞きつけたもんだ、と感心した。

(ま、いいか)

猫好きな彼の幸せな時間を邪魔する気にはなれず、猫が自分を見つけて余計な警戒をしないようにと、リオンは今しがた曲がった角を逆戻りした。
と、正面から歩いてくる人影があり、僅かながら驚く。その人のほうも、いきなりリオンが現れたことに驚いたようだった。

「なんでこんなところに軍人さんがいんのさ」

長い黒髪を携えているが、おそらくは少年だろう。些か骨張った身体を、覆うと言うには少々布の面積が少なすぎるような黒い衣服。

「……変態さん?」

「初対面だってのに失礼な小僧だね」

確かにそうだろうが、だって、そうと疑われても仕方ないくらいには露出多くなかろうか。
リオンは思った。が、黙っておいた。

「で、軍人さんがいるってことは何か事件?……には見えないけど」

抱えている紙袋を見とめてか、少年は顰めっ面を和らげる。

「ああ、特に何もない。ちょっと、連れが猫を見つけたって言うんで」

「ふぅん、猫ね」

興味なさげに言った少年は、ふと視線を上げた。そしてリオンと正面から目を合わせると、一瞬、大きく目を見開く。

「エリ……」

「え?」

「…………いや、まさかね」

首を捻ったリオンに構わず、少年は踵を返した。来た道を戻っていき、リオンが入ってきたほうとは違う角を曲がる。少年の姿は完全に見えなくなり、人の気配も感じなくなった。

「……『エリ』……?」

少年が何と言おうとしたのか、気になった。
あの反応からすれば、おそらくリオンを知り合いにでも見間違えたのだろうが。……仮に『エリ』という名の人物だとしたら、まぁ女性だよな、俺女顔とは言われたことないんだけど、とぐるぐる考える。

暫く後になって、猫との戯れを終えたアルフォンスに声をかけられ、漸く思考の渦から抜け出すことに成功した。







不審人物の言葉
(エリって何だよ、あの露出狂)








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