「砂糖はいくつ入れますか?」

大きく見開かれた金眼があまりに真ん丸で、満月のようだ、とリオンは思った。

「……ふたつ」

両手塞がってるから開けてください。
扉越しに上官を顎で使う発言をした無礼に重ね、顔を見せての第一声があれだったというのに、わざわざ席を立ってまで内側から扉を開けた若き女性佐官は、苦笑ひとつで許してくれた。

ペコリと小さく頭を下げたリオンは、慣れた足取りで部屋の中央、革張りのソファーに挟まれたローテーブルのもとへ歩いていく。そして両手を塞いでいたもの、上官に扉を開けさせた正体であるトレイをテーブルの上に置いた。コーヒーカップが二つ、シュガーポット、一口大のクッキーを十個ほど入れた小ボウル(彼女がコーヒーにミルクを入れないことは承知している。かわりに砂糖は、入れるか入れないか、いくつ入れるのかは、その時の気まぐれにかかっているのだが)。
ポットから角砂糖をひとつ取り、上手側に置いたカップに入れれば、それは湯気の立つコーヒーにあっという間に飲み込まれていく。再び同じ行動を繰り返す間に、そちら側のソファーにセツナが腰掛けた。

「珍しいですね。仕事、終わってるのに、ここにいるなんて」

彼女が暫く東方司令部勤務になるにあたり、用意されたこの執務室を、セツナは仕事以外に使わない。リオンがこの部屋でセツナの顔を拝む時は、彼女が書類処理をしている時だけだ。自分の仕事が終わったと判断するや否や、彼女はすぐに部屋を出て、どこかへと行方をくらましてしまうから。
そんなにこの部屋が気に食わないのかと、不躾ながら尋ねてみたら、部屋が悪いのでなく、ただ癖なのだと返された。とりあえず、放浪癖があるのだな、と結論付けた。

リオンの言葉にセツナは曖昧に頷く。

「退院、おめでとう」

「ども」

「……私が言うのも、おかしな話だが」

「…………」

促され、向かいのソファーに腰掛ける。自分用にと淹れてきたコーヒーを、砂糖もミルクも入れていないのに、無駄にぐるぐるとかき混ぜる。
…………気まずい。やけに空気が重苦しい。
だけど。

「……中央に帰るって、本当ですか」

リオンの見舞いに、セツナは一度も来なかった。気まずい、なんて。そんなもの、リオンより、よっぽど。

「本当だ」

「随分短い滞在だけど」

「私なりに、反省しているんだよ」

目が合わない。黒い水面ばかりを映している金眼を、じっとリオンは見つめる。

「……私はね、血を…特に自分の血を見ると、駄目なんだ。自分を抑えられなくなる」

セツナの言葉を聞きながら、リオンはその時のことを思い出していた。
自身の血…ほんの微かな量だというのに、それを見た時の、見開かれた金眼。容赦の欠片もなく、剣を振るう姿。狂気に染まった、残忍な笑み。
今でも身震いする。あのまま、彼女が帰って来られなかったら、と思うと。

「相手が誰でも関係ないんだ。そこにいる者を誰彼構わず、斬りたくなってしまう。止められないんだ」

カップに、はじめて口をつけた。一口で離したそれをソーサーに戻す、カチャ、と小さな音が耳に残る。

「だが、わかっている。止められない、でほうっておいていい筈がない。甘えていたんだな、私は」

だから、中央に戻り、自制を強めるための修行をするつもりなのだと、セツナは言った。







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