「それで、今日はどうした」

それにつけても何故自分がこの人の補佐役なのだろうか。同性で仲良さげのクライサではダメだったのか。いや、彼女は視察などの任務で司令部を空けることが多いからダメなのだと、ロイのほうから言われてしまっているから諦めたが。しかし、ハボックやらブレダやら、他にも選択肢はあったじゃないか。そうか押し付けられたのか、そうか、あいつらめ。
そんなことを考えていたリオンは、ゆっくりと立ち上がったセツナの問いに軽く頭を振ってから、自分が彼女を探していた理由を話し出す。

「司令室に戻って来いってマスタング大佐が。中央からヒューズ中佐が遊びに来たって」

「……なんだ、また家族自慢に来たのか」

やれやれと、呆れた様子で溜め息をつきながらも、歩き出した彼女の足取りは重くない。ロイの親友であるヒューズと、セツナは年が近いとは言えないが、互いを大切な友人と思い合っていることをリオンは知っている。ロイとヒューズ、セツナが三人で談笑する時、クールな彼女は穏やかに微笑むのだ。

(……友人、か)

司令室へ向かうセツナを見送りながら、リオンは内心で呟いた。
真っ先に浮かんだのはエドワードとアルフォンス。少し前にまたどこかの町へと旅立っていった兄弟のことだ。
次いでクライサ。同じ軍で働く仲間という立場でありながら、悪友という印象の強い少女。
それからーー

(…………)

久しく会っていない、元の世界の友人たち。学校で、放課後に、休日に、笑い合ったたくさんの思い出が、次々に浮かんではリオンを微笑ませる。
この世界での生活は、大変だけれど楽しい。しかし、ほんの少し寂しくなったこの気持ちも、決して嘘ではないのだ。










ドン、と背中にぶつかる衝撃にセツナは足を止めた。腹の前に回された両手に己の手を重ね、首だけで後ろを振り返り、ついでに視線を落とす。

「やぁ。帰ってたんだね、嬢」

「ただいま、セツ姉っ!手合わせしよ?」

こてんと首を傾けて強請る少女は可愛らしいが、先約があると断ればクライサは大人しく体を離した。窺った表情に拗ねた様子はない。その潔さは付き合いに面倒を感じさせず、セツナはクライサのこういったところを好ましく思っていた。
さて、彼女は兄である司令官の命令で視察に赴いていた筈だが、今しがたしたように手合わせを求めてきたということは、報告を含め全ての仕事を終わらせてきたのだろう。

「うーん、じゃあリオンに遊んでもらおっかな」

「アサヌマ少尉なら、先ほど中庭で会ったよ。今は移動していると思うが」

「ありがと。探してみるよ」

踵を返して走り出そうとした少女に、無意識のうちに手が伸びていた。

「……あ」

短い袖から伸びた、細い二の腕。そこに血の滲んだ傷口を見つけたからだ。
零れた声は、どちらのものだったか。

目を見開いたまま、セツナは何も言えなかった。かろうじて手を下ろせば、少女が困ったように笑って傷口を隠す。
そして何事もなかったように「また後でね」と告げ、今度こそ去っていった。

「…………」

小さな背中が見えなくなってから、誰もいない廊下でセツナは深い溜め息を吐いた。目元を隠すように押さえた手のひら。伏せた目。瞼の裏に焼き付いてしまった色を無理矢理に振り払い、漸く歩みを再開した。







赤、アカ、あか
(滲み出て、消えない)








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