呼ばれた名に、クライサは肩を震わせた。同時に、双眸を満たしていた色が身を潜める。声のしたほうを見る。
砂煙の向こうに人影を見つけ、迷わず近付けば、ロイがこちらの顔を見て微笑んだ。そして直後、真剣な顔で足下を指差す。
「……?」
見下ろす。床だ。砂煙やら埃やらで見にくくなってはいるが、特に何かがあるわけではない。
しかし、ロイには何か伝えたいことがあるのだ。あの獣を黙らせる策が。
「少し派手過ぎるだろうが…君好みだろう?」
頭上でロイがニヤリと笑んだ気配がして、気付いた。そして同時に上がる口端。
ーーなるほど、確かにあたし好みだ。
「……了解っ」
楽しげに笑んだ表情のまま手を合わせ、足下に触れた。光が部屋いっぱいに散り、ゲイルは視界を奪ったその出来事に一瞬目を丸くした。きょろきょろと辺りを見回し、しかし何の変化もないことを知るとニヤニヤしながら再び銃を構える。
「なんだよ、おどかすなよぅ。何をしたか知らないけど、何も起こらないなら失敗だ〜」
その嘲笑を無視して、クライサは手元近くに落ちていた銃を拾い、横に投げる。ロイはそれを受け取りざまに構え、ゲイルの足下を撃った。
「当たんないよ〜」
ゲイルは後退しながらおかしそうに笑い、ロイはそれを追って撃ち続ける。
ロイの持っていた銃の弾が全てなくなった時、ゲイルと二人は互いに反対の壁近くで対峙していた。先ほどまでゲイルが力の限り暴れていたために、窓や壁には大小の穴が空き、日差しと共に風が流れ込んでくる。視界は既に晴れていた。
「げへへへ、弾が切れたな〜っ」
「お前は、運が切れた」
不敵に笑ったロイの指先が、パチン、と鳴った。光が走り、部屋の角で爆発が起こる。
「げええ、お前も錬金術師なのかぁ。でも銃と一緒でノーコンだ〜」
ゲイルはびりびりと震える床に仁王立ちになって笑う。ロイは間を置かず部屋の四方全てで爆発を起こした。ノーコンすぎるじゃないか、と笑い続けるゲイルの前で、今度はクライサが大きく分厚い壁を錬成する。更にロイの指先が音を立て、壁の根元で爆発を起こす。壁は跳ね飛ばされるようにゲイルに向かって勢いよく倒れ込んだ。
「こんなの投げ返してやるよ〜っ」
ゲイルは両手を広げて受け止めると、頭上に振り上げーーそこで停止した。
グラリ、と。床が揺れた。
「…げ、げげげげげ!!」
バランスを崩し、尻餅をつく。それを合図に床が大きくうねったかと思うと、バキバキバキッと激しい音を立てて崩れていった。
「自分たちごと床を落として、おいらを道連れにするつもりなのか〜っっ」
喚きながら落ちていくゲイルに、微動だにしないままロイは告げた。
「いいや、落ちるのはお前だけだ」
クライサが錬成したもう一枚の床に支えられて、二人の足下の床はまるで壁から生えたかのように残る。その上でクライサはヒラリと手を振った。
「ぎゃあああああ〜!!」
崩れ落ちる床と共にゲイルの声が飲み込まれていき、その上に柱や瓦礫が降り注いでいく。
立ち込める埃が収まり視界が晴れると、五階の床は綺麗に抜け落ちていた。