時間も時間だからと、エドワードとアルフォンスの部屋を後にして、クライサはアンシーを部屋に送っていった。
だが親戚のおじさんという人物はまだ一階にいるらしく、彼女を迎えてくれる者はいない。じゃあ彼が戻るまではと、その部屋でアンシーの相手をすることにした。
エドワードたちの部屋ではお絵描きをしたから、と彼女は何やら本を持ってきてクライサに広げて見せてくれた。親戚のおじさんではなく、コルトが買ってくれた本らしい。よほどアンシーは絵が好きなのか、それは絵本ではなく美術の本だった。
(……あれ?)
どれもこれも高尚なものに見える絵なのに、彼女は一枚一枚それらの説明をしてくれた。
そこで感じた、違和感。
顔には笑みを浮かべながら、アンシーの話を聞いている。だが頭の中では違和感の原因をぐるぐると探し回っている。
結局その場では答えは出ず、待ち人が帰ってくることなくアンシーが眠気を訴えたので、彼女を寝かせてからクライサは宛がわれた部屋へと戻った。就寝の準備を終えた頃には、違和感の原因となるものに大体の見当がついた。だが確認するには、今の時間は遅過ぎる。全ては明日にしよう、とその目を伏せて眠りにつくことにした。
『どうした?こんな朝っぱらから』
気持ちが悪いほどスッキリと目が覚めたのは、誰もが眠っている朝早く。宿の主人や奥さんですらまだ起きていないらしく、小鳥の囀ずりしか聞こえない静かな空間の中、身支度を整えると一階に下りて電話と向き合った。
受話器の向こうには、昨夜と同じくリオンが。寝ていないのだろうか、昨日より若干声のトーンが低い。
「悪いね、朝早く。ちょっと気になることがあってさ」
正直、確信は無い。違和感や予感に促されたようなものだ。ただ、何もしないよりはマシだと判断しただけ。
「誘拐された美術商の子供って、帰ってきた?」
アンシーはまだ五歳にも満たないような幼い子供だったのに、買い与えられたのは絵本でなく美術の本だった。本に載っていた絵一つ一つに、聞きかじりかもしれないが、アンシーは批評をしてみせた。
『いや、まだだ』
両親がどんな人かは知らないが、幼い少女を任されておきながら、夜遅くまでアンシーを放置している親戚だという男。
そして
“アンシーの家もいっつもオイルの匂いするから!”
彼女の言うオイルというのは、美術に関係する家で言えば、油絵のオイル。
クライサの中で、全てが繋がった。
「大佐にかわって!誘拐犯と美術商の子供、見つけた!」
いつ彼が起きてくるかわからない。いつ彼らが町を出てしまうかわからない。
焦るクライサは、気付けなかった。
自分の背後で、不敵に笑う男の気配に。