もしかして、自分だと気付かなかった?
(いや、あたしを見て気付かないわけないよね)
気付いていながら、何故気付かない素振りをした?
(それがわからないんだよね…まさか向こうのほうが他人のそら似…?)
疑問に首を捻る少女の視界に、それが入る。列車の揺れに耐えるべく、座席の背もたれへと置かれたロイの腕。向かい合わせになっている席の、クライサ側の背もたれーーつまり、女性たちからは見えない位置に置かれたその手。
さりげなく、だがはっきりと、人差し指がクライサたちに向けられた。ロイは相変わらず女性たちと笑顔で話しており、彼らのほうへ視線をくれる気配もない。
だがその指は明らかにクライサたちに向いており、エドワードとアルフォンスもそれを確認する。
指が、軽く上下に振られた。そこで漸く、彼らはその指の意味、ロイの思惑に気が付いた。
つまり
(……邪魔するな、ってこと?)
その行動にアルフォンスは苦笑したが、エドワードとクライサにとっては笑い事では済まされないらしい。目を吊り上げたエドワードの隣で、クライサは氷の微笑みを浮かべていた。
「なるほどねぇ…」
普段鬱陶しいぐらいに猫っ可愛がりするくせに、こんな時は邪険に扱うわけか。
久しぶりに会った妹相手に、挨拶も無しに『邪魔をするな』とは。
「貴方、独身でいらっしゃるの?」
「ええ」
「あら、こんなに素敵な方なのに。私だったら放っておかないわ」
「では、終着駅まで話のお相手をしていただけますか?同じ時間を過ごすなら楽しいほうがいい」
耳に届くのは、ロイと女性たちの会話。クライサの脳内にある名案が浮かんだ。
「……エド」
「奇遇だな。オレも同じこと考えてた」
景気づけだ。露骨に無視して下さった大佐殿に、『挨拶』しに行こうじゃないですか。
「あ、ちょっと、兄さん…クライサ!?」
兄にトランクを押し付けられたアルフォンスの制止の声を背に、エドワードとクライサはニヤリと笑う。かと思うと、わざとらしいまでの笑顔を作り、足を踏み出した。
「「お父さーん!」」
大声で呼びながら手を振るというおまけ付きで。二人の少年少女は、ロイの元へと元気に駆けて行くのだった。