「……いた」
エドワードは、やがて視線を定める。彼が指差す先に目を向ければ、アルフォンスも納得したように頷いた。
エドワードが示す場所には、三人の知り合いでありクライサたちの上官である、ロイ・マスタング大佐がいた。そしてその向こうには、彼の部下であるジャン・ハボック少尉の姿も見える。
座席に座る数人の女性の前に立ち、楽しそうに彼女らと話しているロイ。ハボックは会話に率先して混じるわけではなく、かといってそっぽを向いているわけでもなく、適当に相槌を打っている。
「なんで大佐がこんな辺境回りの列車に乗ってるんだろう?仕事かな?」
「さあね」
自分を観察するエドワードたちに気付かず、ロイはにこやかに女性たちと笑い合っている。その様が気に入らないのか、クライサの眉間には深い皺が刻まれていた。
東方司令部司令官として多忙を極めるロイが、自ら辺境を回る列車に乗るような仕事をするなんて。いつもそのような仕事を回されていた彼女は、不審そうに兄である男を見る。ついでに言えば、ロイもハボックも、軍服ではなく私服姿だった。
「……あの様子じゃ、少なくとも今は仕事中じゃないね」
爽やかな笑顔を浮かべて女性たちとお喋りに興じている彼を見つめ(エドワードたちからは、睨みつけているようにも見える)ながら、クライサは床に置いていた荷物を持ち上げる。エドワードもそれに続き、アルフォンスを促した。
「挨拶に行くの?」
「まーね」
「ついでに最近の世間の情報も教えてもらおうと思ってさ」
仕事中なら邪魔するつもりはない(女性と話すのが仕事だというのなら、喜んで邪魔させて頂くが)。だがそうでないのなら、少し話を聞かせてもらうのも悪くないだろう。そう思ったクライサは、奥の座席に向け一歩踏み出す。
そこで初めて、ロイが視線を上げた。
(お、)
彼女としっかり視線が絡み合い、笑顔は驚いたものへと変化していく。
とりあえず気付いてもらえて良かった。クライサは、普段兄に向ける笑顔を見せ、手を振った。
(あれ?)
だがロイは、合った筈の視線を徐に外すと、再び女性たちとお喋りを始めてしまった。
一瞬見せた驚きの表情は、既に愛想の良いものへと戻っている。