(進撃の錬金術師)





アルミン・アルレルトは死を覚悟した。
これで何度目だろうか。五メートルの巨体を前にして、ガクガクと震えて使い物にならない手足とは反対に、頭だけが高速で空回りしている。五年前の惨劇に始まり、三年間の厳しい訓練期間、トロスト区襲撃による惨劇の再来。近しい人々や同じ訓練兵が次々と巨人に食われていく光景を何度見たか。何度、己の無力に泣き、失望したか。そして何度、自分は巨人に食われかけ、助けられただろうか。
普通より体力の劣る自分が、技巧の道を取らず調査兵になったことに、後悔はしたくない。だが、やはり自分には向いていないのだと感じずにもいられない。自分が今まで生きてこられたのは、ひとえに運が良かったからだ。自分などより遥かに力のある者たちが無惨に食いちぎられていくのを、自分も、他の誰も止められなかった。見捨てた。

「うあ……あ、ああ……」

そしてまた自分も、彼らと同じように惨たらしい骸を晒すのだ。目前の巨体はギョロリとした双眸をまっすぐこちらに向けている。片手でひと掴みにされた胴はミシミシと軋んで、アルミンは痛みと恐怖に呻いた。今まさに運ばれようとしている大きな口、あの口に何人が飲み込まれたろう。あの歯に、何人の身体が噛みちぎられただろう。想像の中の自分が同じ運命を辿る。だが、そこから目を離すことが出来なかった。全身が尋常でなく震えている。剣を握る手は固まったように動かない。

アルミンがはじめて視線を外したのは、視界の上のほうに光が見えたからだった。
顔を上げた先、巨人の頭上が眩く光っている。今まさに巨人に食われようとしているというのに、アルミンはその光が気になって仕方がなかった。目を細め、じっと見つめること数秒。

「え……!?」

前触れなしに光は消え、信じられないものがかわりのように現れた。人間だ。自分と同じくらいの年頃の少女が、窓から放り出されたような姿で現れ、

「はぁぁあ!?ちょっと待ってなにこの状況、斬新すぎるでしょ!!ってかこれまた高いな!!あたし飛行スペック持ち合わせてないよって何度言わせへぶぅ!!

……何やら騒がしく喚き散らしながら巨人の頭に落下した。
うわぁ、と思って見ていると、巨人の頭を揺らすほどの勢いで落ちた体は一度跳ね、アルミンを捕獲している腕にぶつかってから地面に落ちた。衝撃で手が放され、自由になったアルミンの体も同じく落下する。

「いたた……」

うまく着地出来ずに腰や尻を打ち、さらには巨人の握力で掴まれていた体が軋んで痛むが、最大の危機はひとまず脱したらしい。
立体起動を駆使してこの場を離れねば、と顔を上げると、地面の上でもんどり打つ少女の姿が目に入った。鮮やかな薄青色の髪は晴天を思わせる。小柄な体にはどこにも、自分たちがしているような装備は見当たらず、調査兵、憲兵、駐屯兵のどの団の者でもなさそうだ。何者だろうか。一体どこから現れたのか。あの光は何なのか。
尋ねる間もないまま、少女にかかった影が動く。少女を捕捉した巨人の手が、彼女に伸ばされたのだ。

「危ない!!」





まったく、なんだって毎度毎度移動先が上空なのだ。いくらウルトラミラクル天才美少女クライサちゃんだって、空は飛べねーしあんな高さから落ちたら死ぬぞ。今回は幸い、足場になりそうなものがあったから、八割方失敗の着地方法で(顔面強打しつつ)なんとか生き長らえられたけどさ……

っていうか、これ、何?

足場かと思ったら、妙ちくりんだけど一応人のかたちしてるし。だけど五メートルくらいあるし。よく見たら、まわりにも同じようなのが何体もいるし。巨人?結構いろんなモンスター倒してきたけど、こんなのは初めて見た。

「うわぁ気持ち悪ーい」

確かに人型だけど、人間をそのまま大きくしたとは言い難い容姿だ。顔のつくりが不細工どころではないほど崩壊してる。まわりにいる巨人のほうは、頭でっかちだったり胴がやたら長かったりと、どうやら個体差があるらしい。そしてどの巨人も同じく、表情には知性の欠片も感じられない。うーん、でも獣とも言いにくいかなぁ。

氷越しの巨体をしみじみ眺めて分析しながら、脳内ではもう一人のあたしが深々溜め息を吐いていた。早まったかな……いやでも仕方ないよね。あんな切羽詰まった声で「危ない」なんて叫ばれたもんだから、反射的に体が動いてしまった。

あ、はい。凍らせました。両手パーンして、伸びてきた手のひらにダーンしました。正しくは、表面を氷でピッタリ覆って動けなくしました。もちろんあたしの素晴らしい錬成技術によるものだから、ちょっとやそっとじゃ割れないですよ。根本から凍らせてやることも可能ではあるけど、何しろ材質がわからない。人間と同じってことはないだろう。そんな質量がこの巨体にあったら、人間みたいに歩き回れるわけがないもんね。……そう考えると、ホニャトラマンとかってすごいんだな……あぁいや、なんでもない。
さて、この術はあたしの世界の特殊技術だ。案の定、「危ない」発言をくれた少年やまわりの巨人と戦っていた者たちは、突然凍りついた巨体にわけがわからないといった様子で呆然としている。え、待って。巨人さんたちはあんま興味ないみたいよ。ぼーっとしてたら危なくない?

と、心配したのも束の間。
二体の巨人がほぼ同時に倒れ、その音で我に返った者たちがそちらを向く。

「兵長……」
「リヴァイ兵長……!」

倒れた巨人の上に立つ人影。両手に握った二本の剣を血で濡らした、小柄な男性に注目が集まる。“兵長”と呼ばれたその人は、残った巨人の周囲にいる人間たちに向かって声を張り上げた。

「おい、ぼさっとするな!お前らは巨人どもの餌になりに来たのか!?」

怒号を聞くなり、彼の部下と思わしき者たちはすぐさま行動に移る。

「アルミン!」

また一体、巨人が倒れた。先ほどの二体と同じように身体が崩れて消えていくのを観察していると、その巨人を倒したらしい黒髪の少女が駆けてくる。あたしの後方にいた少年(「危ない」発言の少年だ)に駆け寄ると、怪我はしていないかといった会話が聞こえてきた。どうやら少年はアルミン、少女はミカサというらしい。

「おい、ガキ」

二人のやりとりを眺めてたら、いつの間にかすぐ近くまでやって来ていた“兵長”が声をかけてきた。って顔コワッ!!なに、なんか怒ってんの!?いや、状況からしてあたしのこと警戒しないわけないけどさぁ!!

「コイツのうなじの辺りだけ、氷を解かすことは可能か?」

「……へい?」

やべ、変な声出た。
意外すぎる質問だったので、ちょっと頭を回してみる。倒れた三体の巨人。肉体はすでに崩れ去ってしまったけど、確か三体とも、そのうなじのあたりから血を噴き出していたように見えた。つまり、そういうこと?

「出来るよ。すぐにでもやれる」

「そうか。なら頼む」

頷くなり、“兵長”は飛んだ。腰に取り付けてある装備からワイヤーのようなものを伸ばし、凍った巨人の肩に突き刺してワイヤーを巻き取ることで高速で立体的な移動をしているのだ。ふむ、自分より遥かに大きな敵を相手にするため、機動力を武器としているわけか。面白いことを考えるものだ。
“兵長”が巨人の肩に下り立ったのを見計らって両手を鳴らす。そして先ほどと同じように、伸ばされたままの手のひらに触れ、全身を伝ってうなじ部分の氷を分解した。直後、“兵長”が二本の剣を振るう。切り取られたうなじ部分の肉が地面に落ち、“兵長”がその場を離れた。
やはり、巨人にとってうなじは弱点らしい。そういやリオが昔、俺って女の子のうなじにすげぇ弱いんだよなって言ってたなぁ……って果てしなくどうでもいいなコレ。帰ったらリオぶん殴ろう、うん。
巨人の身体が崩れ始めたのを見て、もう一度両手を合わせたあたしは全ての氷を水蒸気に変えた。いやー、この世界でも錬金術使えてよかった。早まったかなぁとは思ったけど、実際危なかったんだし。あんなのに格闘術で勝てるとは思えないしね。

……ん?
なんですか、“兵長”。あたしに背後から近づいてきたと思ったら、首の横から剣突き出してきて。危ないじゃないですか。
あれ、気付いたら周囲の巨人は見当たらなくなってて、かわりに抜剣した者たちに囲まれていた。おっと、もしかしてあたし、ピンチ?

ゆっくり両手上げて、恐る恐る振り返ってみると、こっちを見下ろす“兵長”と目が合った。…………。さっきの顔、怖いなんて言ってごめんなさい。警戒心を剥き出しにした今の顔、ものすっげぇ凶悪で正直震え上がりました。目だけで人殺せるよ、きっと。

「大人しくしろよ。妙なマネしたら、削ぐ」

「……了解であります」

様々な世界で死線を潜り抜けてきたあたしだけど、今回こそマジで死ぬかもしれないです。





043:嫌な予感
そんな脅し文句、初めて言われました





クライサin進撃。場面設定が全くの謎。そしてエレン不在
【H26/01/29】





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