(桜/麻倉君と雪村君)





出来る女ってほんとつらい。
なんでって、組長級の奴らがヒマしてる時に副長クラスの忙しさで書類相手にしなきゃならない身になれば、大抵の女子はそう思うよ(男子は知らん)。理不尽だ。おかしいでしょ、なんで組長たちを差し置いて補佐役でしかないあたしのほうが忙しいの。組長たちが忙しくしてて、それでも手が足りない時のあたしでしょうが。おかしいって。アンタの仕事預ける優先順位おかしいって、土方さん。「お前に任せると早いんだ」ってなんのフォローにもなってないよ。なに、どんだけ仕事遅いの新選組隊士。っていうかホントなに、あのイチくんでさえ、さっき境内で座禅してんの見たけど。頭に小鳥乗っけて。……ヒマだろ絶対!!

「ふんもぎゃあぁああああっっ!!!!」

「きゃあっ!?」

おや。

「……あ、ごめん。大丈夫、千鶴?」

「だ、大丈夫だけど、びっくりした……」

ついついストレス爆発させて雄叫びを上げたら、背後で短い悲鳴が聞こえて振り返った。そこにいた千鶴は、本当に驚いた様子で胸に手を当てている。ごめん。

「お茶持ってきてくれたんだ。わざわざありがと」

「ううん。……お仕事、全然減らないね」

と、千鶴が言うのも、今日のあたしは食事をとりに広間へ行く時間を惜しんだため、朝も昼も、彼女がおにぎりを作って持ってきてくれたのだ。その際に千鶴が見た仕事の量と、今現在のそれはほとんど変わっていない。終わった分を土方さんに持って行ったら、同じ分だけ新しいものを受け取ったから。……ほんとグレてやろうかな……

「ナァ」

あ。
突然聞こえてきた第三者の声に、あたしと千鶴は同時にそちらを向いた。開け放った障子の向こう、縁側に腰を下ろした白い猫。

「殿下」

「……でんか?」

あたしが付けた名を口にすれば、白猫は応えるように、ナァ、と返す。耳慣れない名を問い返すのは千鶴だ。……うーむ。

『殿下』は、西本願寺に屯所を移して暫くした頃に、ふらりと姿を現した白猫だ。どうも野良らしく、やたら人間に懐くような素振りは見せない。だけどその白い毛並みは毎日手入れされているように綺麗で、おまけに常にすました顔をしているせいで、なんだか物凄く気品に溢れた姿をしているように見えるのだ。それがまるで貴族様や王族様のようだから、『殿下』。
……さて、ここまでの話を千鶴に簡潔に伝えるには。

「あー…うん、なんかコイツ偉そうだから。『将軍』とか『天子様』とか『副長』とか、まぁ大体その辺と同じような意味だよ」

「う、うん………?」

「気にしたら終わりだよ。どうせあたしが勝手に呼んでるだけなんだし、アンタには正直関係ないから」

うん、我ながら酷い説明だった。でもだって、面倒くさいんだもの。
千鶴はやっぱり困惑したような顔で首を傾げていたけれど、あたしがそれで押し切れば、やがて困惑ごと受け入れたようだった。さすがに慣れてきたか。これまでにも似たようなこと、何度もしてきたから。でも異世界の人間同士である以上、これは仕方ない。……いや、半分以上はあたしの性格が所以だと思うけど。

気を取り直して殿下を呼べば、彼(オスである)は変わらずのすまし顔であたしたちに近づいてくる。そこで千鶴は気がついたようだ。

「……あれ?この猫ちゃん、首に何か…」

そう、いわゆる首輪をしているのだ、殿下は。まぁでも首輪なんて呼べるほど立派なものでなく、それをくれてやったのもあたし。ハヤテ号みたいな子たちがしているような、首輪としてしっかり成り立っているようなものじゃなくて、緩く円にした紐をかけてやっただけのものだ。
そしてその首輪の役目は、もちろん飼われている主張なんかではない。

「クラちゃん、それ、なぁに?」

「紙」

「……うん」

紐に結びつけられた小さな紙をほどいて、広げる。しわくちゃのそこに書かれていた短い文を一人で見て、それからあたしは文机に向かった。同じような小さな紙にさらさらと筆を走らせ、墨が乾くのを待ちながら千鶴に振り返る。

「殿下はあたしの遊びに付き合ってくれてるの」

「遊び?」

「うん。ちょっとした手紙を書いて紐に結んで、その紐を殿下が首にぶら下げて、殿下の好きな場所に持っていく。その手紙を見るのは、あたしの知ってる人かもしれないし、知らない人かもしれない」

もう暫く前のこと。机仕事の合間、息抜きのつもりで始めた小さな遊び。殿下はやっぱりすました顔で、だけど嫌がる様子はなく手紙を運んでくれた。

「意外とね、ノッてくれる人っているもんなんだよ」

殿下があたしのもとに訪れるたび、首輪に結びつけられた手紙の送り主が違うのだ。猫がぶら下げて苦しくない程度の紙に書かれた文なんて、あたしのものを含め到底手紙なんて呼べるものじゃない。意味のわからない単語だったり、疲れたとか腹減ったとか、あるいはおはよう、こんにちは、などの挨拶とか、とても端的な一文だったり。それでも書かれた文字の違いが、なんとなく送り主の性格を見せてくれるようで、あたしはとても楽しいのだ。

「だからさ、千鶴のところに殿下が行ったら、何か手紙書いてやってよ」

「私もいいの?」

「うん、千鶴が書きたいって思ってくれれば」

殿下が千鶴を見上げてナァと鳴く。ほら、運び手が許可してるんだ。
どんなことを書こう、とワクワクしながら言う千鶴に、あたしは一つだけ忠告する。適当に短けりゃ何でもいいだろうけど、俳句はやめといたほうがいいよ。不思議そうにしている彼女に笑みだけ返して、先程書いた手紙を首輪に結んだ。すると殿下はついと立ち、あたしたちを振り返ることもなく立ち去ってしまう。

「さてと、じゃあちょっと行ってこようかな」

「えっ、どこか出かけるの?」

殿下に続くように立ち上がったあたしに、千鶴が驚いた顔をした。朝昼食を後回しにするくらいの仕事の溜まり具合からして、あたしが出かけるとは思わなかったのだろう。口で説明するよりもと、持っていた紙を千鶴に見せてやった。手のひら大のしわくちゃの紙。先程殿下が運んできた“誰か”の手紙には、こう書かれていた。

『こんぺいとう』

その要求には馴染みがありすぎて、今更疑いようもない。

「というわけで、おつかいに行ってきます」

「……うん、行ってらっしゃい」

千鶴の苦笑に見送られながら、多忙な人間をパシリに使う“誰か”に、あたしは盛大に溜め息を吐くのだった。





041:宛名の無い手紙
パシリはつらいよ





『肉じゃが、天むす、海鮮丼』

「………………」

「ナァ」

「……これ書いたやつの真意が全くわからないんだが……なんだろうな、すげぇ知ってるやつな気がするのは」

「ナァ?」





【H25/01/12】





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