(夢主ズとおっさんと神子)





とある平和な午後のことです。
宿のロビーで顔を合わせたレイヴンとゼロスは、他に暇を潰す手段も特に見当たらないので、そのまま雑談を楽しむことにしました。

「最近街歩くのがツラいのよねー…どこ行ってもチョコチョコって」

「まぁもうすぐバレンタインだし、仕方ないんじゃねーの?どの店も女の子いっぱいで、俺さまは嬉しいけどな」

でひゃひゃ、なんて笑い声を上げる青年を、男は恨みがましい目で見ます。

「そりゃ、おっさんだって女の子は大好きよ?まったく、なんだってチョコなのかねぇ…甘いものじゃなけりゃ俺様も大歓迎なのに」

ギルドで迎えたバレンタインの、甘いゆえに苦い記憶を思い出します。面白がったドンに標的に挙げられ、普段なら喜ぶべき女性からの贈り物を、引きつった笑顔で仕方なく受け取ったものでした。
しかしそんなレイヴンの苦悩も、ゼロスにとっては他人事でしかありません。

「ほーんと、人生の半分以上損してるよなぁおっさん。可愛い女の子とカフェでデート!なんてことも出来ないじゃねーのよ」

見るからに凹み始めたおっさんに、青年は勝ち誇ったふうの笑みを浮かべます。
その時でした。

「ゼロス!」

まるで何かに追われでもしているような勢いで、一人の少女が飛び込んできたのです。

「クライサちゃん?」

「ゼロス、こんなとこにいたの!?どこ探しても見つからないから…」

「どったのよ、チビちゃん。そんなに息切らして…何かあった?」

「何かあった、じゃないだろうよ、レイヴン」

どうやらゼロスを探して回っていたらしい少女に尋ねれば、クライサのものではない声が返ってレイヴンは目を瞬きました。その主である赤髪の女性が、呆れた顔を少女の後ろから覗かせます。

「おりょ、アカもこの兄ちゃん探してたの?」

「うちが探してたのはあんた。何やってんだい、こんなとこで」

「別に何もー?なに、ブルーなおっさん捕まえて何する気なの」

「チョコの匂いと雰囲気に胸焼け起こすのは自由だがね、こっちもこっちで用があんのさ」

さすがアカ、彼のローテンションの理由はすぐに察したようです。しかし、彼女の言う『用事』に、レイヴンは全く見当がつきません。
早く来いと急かすアカに続き、彼が宿を出た後には、ゼロスとクライサが残りました。一体何事だ、とおっさん共を見送ったゼロスは、急に肩を縮めて顔を両手で覆い、泣き出したかのように見える少女に驚きます。

「クライサちゃん!?なに、え、俺さま何かした!?」

「ゼロスのバカ!アンタがいないから…いくら探しても見つからないから、あたし…あたし……!!」

震える声でそう言うクライサの肩を、おろおろしながらもゼロスは抱きました。ロビーにいる他の客たちの視線は痛いのですが、やむを得ません。少なからず好意を持っている相手に目の前で泣かれて、ほうっておくことは彼には出来ませんでした。





ゼロスは全力で後悔しました。

結果的に彼女は泣いていなかったのですが、それでも潤んだ瞳で見上げられ、「ゼロスじゃなきゃダメなの…」などと言われれば、正常な思考など保てません。
空に昇っていきそうな精神を必死でつなぎ止めながら、腕を引く少女についていったところで、かすみかけていた意識が漸く現実に戻ってきました。

一般人の姿が見えない、広い空き地にいたのは、すっかり見慣れた顔触れです。名を挙げていくなら、端からリタ、エステリーゼ、ユーリ、カロル、ジュディス、ラピード、コレット、ロイド、ジーニアス、プレセア。
何が何だかわからないゼロスが目を白黒させている隙に、やはり見慣れた顔である茶髪の少年、リオンの元にクライサが歩いていきます。そのそばには、先ほどまでともにいたレイヴンとアカの姿もありました。

「さて、主役も到着したことだし」

始めますか、と皆に声をかけたユーリにゼロスは目を向け、同時に絶句しました。彼の手にあるものを見つけ、この集まりの目的や自分が呼ばれた理由、クライサの行動と言葉の意味に気付いてしまったのです。マス、と呼ばれる立方体の箱。ぎっしり詰まっている豆。ユーリと同じものを、他の皆も持っています。アカの手からレイヴンへ、そして自分へと渡された赤い顔のお面に、ゼロスは確信し、そして絶望しました。

「まったく、バレンタインより先に重要な行事があるでしょうに」

「いたたっ!ちょ、だからってなんで俺様たちが…いた、いたいってばカロルくん!嬢ちゃんもやめて!!」

「いやー、さすがおっさんだよなぁ。鬼役を喜んで引き受けてくれるなんてさー」

「引き受けなきゃ天狼滅牙って脅したのはどこの誰よ!?」

「んー、やっぱゼロスじゃなきゃぶつけがいがないよね。レイヴンだけじゃ物足りなかったなー」

「クライサちゃん酷い!なんでわざわざあんな泣きマネなんか…」

「面白いじゃん」

「面白くねぇ!!」

「っていうかリオンくん!やけに痛いと思ったら何それ!!」

「豆鉄砲」

「嘘つけぇ!!」

「マジ拳銃に、弾のかわりに豆詰めてるってとこ?そんなんどこで手に入れたんだい」

「姫が改造してくれた」

「改造してみた☆」

「いいなぁ、私たちも使ってみたいよ」

「なぁ、俺たちにも貸してくれないか?」

「ダメだよコレット、ロイド。あれはリオンの腕前じゃなきゃ危ないから」

「でもチビちゃん、そのリオン少年でも十分危ないんだけど…」

「なんだよ。ちゃんと手加減してるだろ、狙ってないから」

「どこを!?」

「目」

「何この子こわい!!」

「ちょっとゼロス!あんた何逃げてんのよ!!」

「逃げもするでしょーよ!こんだけ豆ぶつけられりゃマジで痛い…ってジュディスちゃん、それ豆じゃないから!!」

「あら、間違えちゃった」

「(豆と槍は間違えようないだろ…)」

「そもそも、なんで俺さまたちが鬼役なの!?」

「んー?」

「そんなの決まってるじゃないか」

必死な形相で問うゼロスとレイヴンに、クライサは無邪気に、アカはニヤリと笑い、告げました。





033:大好きだから
絶対ウソだ!!!!





(ほんとなのにね。)
(ね。)
【H23/02/03】





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