(桜/麻倉と天霧)





ひゅ、と空を切る音を耳にした時には、既に体が動いていた。
拳は髪を掠り、チッと乾いた音を立てる。頭の上で鳴ったそれに意識を傾けかけて、いやそんな場合ではない、と左腕を背面に半ば強引に振り回すことで勢いをつけ、全身を捻って前方から迫っていた膝を避けた。
容赦のない蹴りが鼻先を過ぎったことに短く息を吸い、勢いのまま体を回転させると足元で砂が音を立てる。踏み込みは左足。突き出されたままの脚、その腿に狙いを定めた肘は、素早く足を下ろした相手の手のひらに難なく受けとめられる。だがそれと同時に、自身の体を隠れ蓑にした右手で刀を振り上げれば、相手はさすがに身を引き、顎を反らせて刃を避けた。
かと思えば、即座にこちらの隙をつくように拳を握る。刀を持った腕は頭上。今もっとも無防備な右脇腹に、予測通り拳が迫る。当然、それを甘んじて受けてやるつもりはない。拳が突き出された瞬間に、左手のひらで真横からその腕を押し、拳の命中より早く再び身体を回して刀を持つ腕を振るった。肩越しに睨んだ先で、白刃を指先でいなした男は軽く身を屈める。反撃が来る前に地面を蹴り、向かい合う形で身構え直した。
相手は無手。天霧九寿は、こちらが刀を持っていても決して優勢に立てない腕の持ち主だ。実力はもちろん、対峙した際の重圧は、彼を見くびることをほんの少しもさせてくれない。

(今度はこっちから)

一度の瞬きをきっかけに、強く地面を蹴り上げる。振り払った刀は流水を思わせる滑らかな動きでかわされ、入れ替わりに迫る拳をお返しのように軽やかに避けてみせる。斬撃は一度も当たらない。少しばかり焦れるが、焦りは隙を生むだけだ。
しかし、ここらで勝負に出るのも悪くないだろう。口端が持ち上がったのを自覚した直後、地を蹴り、突き出された腕を足場に、跳んだ。滞空時間は長くない。空中で体を捻り、相手がこちらを向くのと同時に刀を下ろす。自分自身と刀の重さ、重力を利用して加速し、威力を増す。それでも天霧は冷静に軌道を見切り、両手の指先で刃先をとらえた。

「なっ…」

だが、それとて予測の範疇。彼の指先が刃に触れた瞬間、反対にあたしは両手とも柄から離し、着地と同時に地面に手をつく。そして逆立ちの要領で、片足で刀の鍔を蹴り上げ、もう一方で相手の顎を狙った。刀は天霧の手を離れ宙を泳ぐ。もう一方の蹴りは目標に命中せず、掠るだけにとどまった。おしい。
もう一度伸ばした足で刀の柄を蹴り、二度背面に回って地面に足をつけ直し、ちょうど落ちてきた刀を握り直す。折り曲げた膝をバネに、飛び込むように距離を詰めれば、考えるよりも先に腕が刀を振っていた。下から上へ。右へと身を滑らせることでそれをかわした標的を追うように、手首を回して返した刃を薙ぎ払う。イチくんの居合いを真似たような一閃。天霧は驚いたように目を瞠ったが、直後、身を屈めた彼の頭上を刀は過ぎ、伸びてきた腕に手首をとられてあたしが瞠目する側になった。つい反撃しようと上げた右足を読んだように左足を払われ、簡単に身体が宙に浮く。そのまま腕を引かれ、まずいと思った次の瞬間、脇腹に掌底を打たれ、呆気なく地面に落ちた。

「……っ、は、はぁっ…」

数拍止まった呼吸を荒げ、ゼェゼェと繰り返しながら朦朧とした意識を醒まそうと拳を握る。その時になって漸く刀を手放していたことに気付き、肘をついて体を起こそうとすれば手を差し伸べられた。躊躇いなくそれを借り、立ち上がると、先の拳や掌底とは全く気配の違う手が、髪や頬、着物についた砂を優しく払ってくれた。

「悔しいなぁ、今回も負けかぁ…」

「やはり、刀が君の動きを殺している。回を重ねるごとに良くなってきていますが」

「うーん…刀を使った戦いはまだまだってことだよね。もっと稽古積まなきゃなぁ」

「しかし、ただの人間である君がこの私相手にここまで出来るとは、今を誇っても驕りではありませんよ」

「ん、ありがと。でもやっぱ、勝負は勝ってなんぼでしょ」

刀を鞘に収め、改めて天霧に向き直る。ありがとうございました、と一礼すれば、彼も両手を軽く合わせて頭を下げた。

「…………あの」

また今度、と天霧を見送ってから、そこで初めて口を開いた、暫く前からあたしたちのやりとりを見ていた千鶴に振り返る。

「どしたの、千鶴」

「クラちゃん…ええと……どうして、天霧さんと…」

「気持ちはわかるけどそんなに混乱しないでよ。…んと、天霧ってかなり強いから、鍛錬に付き合ってもらってるんだよ。あたしが全力出せる相手って珍しいしね」

「……でも」

「うん、鬼だね。でもほら、風間のボケと違って良識あるみたいだから。絡みやすいし」

「…………クラちゃんがいいなら、いいんだけど」





031:戦い
相手が人間だろうが鬼だろうが、高みを目指すのが戦闘狂!





ただ戦闘シーンが書きたかっただけ
【H24/01/23】





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