(桜/副長とかヒロインとか)





朝は稽古、昼は巡察、その後は夜通し書類の処理、翌朝は食事当番、昼は撃剣の師範で五十人斬り、その後の相手は書類の山。ほとんど寝ずに朝を迎え、朝食も稽古も昼食も忘れたことにして文机に向かい、なんとか処理を終えた書類を副長室に届けにきたあたしは、やはり机に向かっている彼にこう尋ねてみた。

「土方さん、あたしのこと嫌い?」

「好きではない」

…………。なんだろう……好きじゃないって言われたことを悲しむべきなのか、嫌いって言われなかったことを喜んでいいのか、判断に迷う。

「何を馬鹿な質問してやがる」

「アンタがあたしにばっかり仕事言いつけるからだよ。もしかして嫌われてんじゃね?とか考えるくらいにはね」

「お前に任せたほうが、他の奴より早く終わるんだよ。優秀な人間は忙しいもんだ。誇りに思いやがれ」

「なに調子いいことぬかしてんだか…」

ちょうどあたしが通りかかったからとか、その時々で都合が良かっただけだろどうせ。
……何はともあれ、今日までに任されていた仕事が終わったことを報告して、あたしはさっさと部屋を出て行くことにした。徹夜続きで眠くてしゃーない。本来寝不足にはならないあたしだけど、こういうのは気持ちの問題だ。気分的に眠い。文句がある奴はかかってこい。一眠りした後でね。

「待て麻倉。ちっと足達屋まで走ってきてくれねぇか?」

さっさと自室に戻って寝てしまいたい。そう思っていたのに、この鬼副長はまた鬼みたいな命令を下すのだ。届け物らしき文を投げられ、受け取りながらあたしはあからさまに顔を歪める。

「足達屋ぁ?使いっぱしりなら他の人に頼んでよ」

「平隊士に任せるわけにはいかねぇんだよ。他の幹部連中は手が空いてねぇしな」

「左之と新八は非番の筈でしょ?平助だってさっき巡察から帰ってきてたし」

「遥架の話じゃ、あいつらは島原に行ったらしい」

「うわー。あの三人、地獄に堕ちればいいのに」

暇さえあれば島原に走りやがって。帰ってきたら覚えてやがれ。

結局、土方さんに逆らうことなど出来る筈もない居候なあたしは、渋々おつかいをこなして屯所に帰ってきた。その頃にはもう眠気も限界に達していて、両目の瞼はほとんど下りていて。自室まで保つかどうかもわからぬ状態のままフラフラと廊下を歩いていると、向こうから見慣れた人物がやってきた。

「あ、おかえりなさい、クラちゃん。お疲れさま」

「ただいま、千鶴……」

「クラちゃん!?」

歩み寄ったそばから崩れ落ちたあたしに千鶴は慌て、完全に倒れてしまう前に支えてくれた。しかしあたしにはもう意識を保つ気力もなく、指一本動かすのすらしんどい。

「クラちゃん、一体どうし……」

「…………ねむい」

辛うじて口に出来たのはそれだけで、慌てふためく千鶴に謝罪も出来ないまま、あたしの意識は闇に落ちたのだった。






目覚めると、あたしは自室にいた。

「おはよう、クラちゃん」

視界に真っ先に入ってきた顔は眠りに落ちる前と変わらず千鶴のもので、おはようっていう時間じゃないけど、と彼女は苦笑する。その言葉通り、障子戸の向こうから部屋を照らす光は橙がかっていて、もう日が落ちる時間だとわかった。
そんなことよりも、あたしがツッコみたいのは今の体勢だ。仰向けになったあたしからは千鶴の顔がすぐそばに見える。頭の下には何か柔らかいものがあるし……って、膝枕だよね明らかに。

「……役得?」

「え、何が?」

どうやらあの後、千鶴は爆睡モードに入ったあたしを部屋まで運んでくれたらしい。その際、枕になるものが見つからなかったので膝を貸してくれることにしたそうだ。……ああ、そういえば何日か前に、部屋に侵入した総司に向かって枕ぶん投げた気がする。半分寝てたからあんま覚えてないけど、外に飛んでった後取りに行ってなかったや。最近寝てないから忘れてた。

「……そういえば夕飯…」

「あ、うん。多分もう皆食べてる頃だと思う。私たちも行く?」

「いや、そうじゃなくて…今日の当番って千鶴じゃなかったっけ?」

「そうだったんだけど、帯刀さんが代わってくれたの」

「え……それって、あたしのせい?」

「あ…えっと、クラちゃんが寝てるの見てたら、私も眠くなっちゃって……一向に勝手場に来ないからって帯刀さんが探しに来てくれて…」

「……はは、千鶴らしい」

なるほど、それでこの場面を見たハルが気を利かせてくれたのか。当番を代わると言った彼の笑顔が容易に想像出来て、あたしは苦笑する。ま、千鶴の居眠りはあたしのせいだし、後でハルに謝っとこう。

「ご飯食べに行く?帯刀さんは一応、私たちの分はとっておくからまだ寝かせておいていいって言ってくれたんだけど」

「んー…も少し寝る。千鶴は行っていいよ。お腹すいたでしょ」

そう言って彼女の膝から頭を下ろそうとすれば、千鶴は小さく首を振る。そして何も言わぬまま微笑んで、膝の上にあるあたしの頭に手を伸ばした。髪の間に指を通す仕草は優しくて、あたしも彼女と同じように微笑する。それからゆっくりと瞼を下ろし、その心地よさに身を委ねた。





030:君の側で眠る僕
他でもない、アンタの側だから





【H22/09/08】





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