(桜/総司)





「さーさーのーはーさーらさらーぁ」

青空みたいな色の髪をふわふわ揺らしながら、ご機嫌な少女は短冊に筆を走らせる。この屯所で保護することになった頃は筆の扱いに慣れていないと言っていた彼女も(なら以前は何で物書きをしていたのか、という疑問もあったが、生憎問うたことはなかった)、今ではすっかり使いこなして随分と達筆な文字を書くほどになった。

多くの隊士に『麻倉先生』と呼ばれ、慕われる彼女も、例えば今日のような行事ごとの折には外見に相応しく子どもの顔をする。それだけならば、鬼の副長殿に悪戯を仕掛ける時や、甘味を買い与えた時にも見ることは叶うのだが、今日のように機嫌良く歌など歌い出すのは稀なことなのだろう。事実、総司は今、初めて彼女の歌声をきいた。
子どもと遊ぶ趣味を持つ総司は、彼らの歌声を耳にする機会が十二分にある。子どもの遊びに歌はつきものだ、というのは決して過言ではない筈だから。そんな総司が彼女の歌声に、初めて抱いた感想はこうだった。

「……クライサちゃんって、涙が出るほど音痴なんだね」

「じゃかぁしい!!」

本当に涙が出そうになった。僕の零した呟きにすぐさま噛みついてきたクライサちゃんは、珍しく顔を真っ赤にして目を吊り上げている。どうやら結構気にしているらしい。
頬を膨らませて、ぷりぷり怒りながらも短冊に願い事を書き終えた彼女は(なんか『世界征服』的な文字が書いてあるように見えたんだけど、触れてあげたほうがいいのかな)、境内に用意された竹の下へと駆けて行く。僕も石段から腰を上げてクライサちゃんの後をゆっくりと歩きながら追うと、彼女は笹に吊るされた他人の短冊を見るばかりで、自分のそれを結び付けようとはしなかった。

「人の願い事を盗み見するのは感心しないな」

「ああ大丈夫、あたし神だから」

よくわからない理屈で僕の一言をかわした彼女は、また「さーさーのーはーぁ」と口ずさみながら自分の短冊を吊るし始める(どうやらその一部分しか歌詞を把握していないらしいけど)。歌というより経の一種だと言ったほうがいい気がするその声は、西本願寺というこの場所にある意味ぴったりかもしれないと思った。




029:僕の側で唄う君
子守唄は期待出来そうにない





【H22/07/06】





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