(2011.09.01)

(2nd)



「おーい、そこの双子ー!ちょっと来てくれー」
他のマイスター三人と話をしていたライルは、格納庫の奥から聞こえたその声に顔を向けた。見れば、ダブルオーの前に立ったイアンが、端末片手に手招きしている。
はて、双子とは誰のことだ。まさか自分を呼んだのではあるまい。もしこの場に兄がいれば、それは間違いなく自分たちをまとめた呼び方だろうが、生憎ニール・ディランディは四年前に宇宙に散ったのだ(そう言ったのはこの艦の人間だ。だから今、彼らがライルをこう呼ぶわけがない)。
「何だ?」
「何?」
そんなふうに思考していたライルに構わず、何食わぬ顔でイアンの元へ向かうのは二人。ライルは目を瞬いた。
「……どういうこと?」
イアンの手元にある端末を二人して覗き込み、あれやこれやと会話している。刹那とケイト。あまりにもナチュラルに呼ばれていったものだから、こちらの頭がついていかない。
「理由を知らないと混乱するよね」
まさに混乱し始めた頭に助け舟を出してくれたのは、残った一人、アレルヤだ。
「…あの二人、実は双子の兄妹でしたってわけでは」
「ないですよ、もちろん」
だろうな。そうだと言われても頷けないくらい、あの二人は似ていない。刹那は明らかに中東系の顔立ちだし、ケイトはおそらく西欧の生まれだろう(本人にもわからないらしいが)。二卵性だと言われても信じられない。
「あの二人、すごく仲良しでしょう?」
「ああ。まぁ、兄妹みたいだって思ったこともあるけど」
そういう意味で『双子』か?あの二人、同い年らしいし。
「でも、ああ見えて」
「四年前は仲悪かった、とか?」
「いえ、武力介入以前からの仲良しさんです」
「……じゃあ、ああ見えて何なんだ?」
「何だと思いますか?」
知るか。その意を込めて肩を竦め、先を促す。
「ケイトが『大人を困らせない子ども』だったことは聞いてますよね?」
「ああ。大人の顔色窺いまくりの可愛くねぇガキだって」
「そう。ロックオン…あなたのお兄さんはそれを嫌がって、ケイトに言ったんです。子どもは大人に甘えるものだ、お前は思ったことを口にしていいんだ、って」
「あの人らしいな」
世話好きなあの人のことだ。家族もいない、昔の記憶も持たないケイトを放っておけなかったのだろう。
「だけど、ケイトにはそれがわからなかった」
「……だろうな」
物心ついた頃には既にソレスタルビーイングにいて、周りは他人でしかない大人ばかり。その大人たちを困らせないよう、迷惑をかけて怒られないように、身を守るために得た術を、ニールは否定したのだ。無意識に身につけてしまったものを、やめろと言われても簡単にやめられるわけがない。
そもそも、ケイトはニールの言っている意味も理解出来なかった。大人の指示に従う。それは絶対。甘える、なんて。考えたこともなかった。思ったことを口にする?意識して何かを我慢したことはない。口にしてる、ちゃんと。訓練成績も報告してるし、機体の整備やミッションプランなどに関してわからないことがあればすぐに尋ねている。そうじゃない、そういうことじゃないんだ、とニールは言った。
「結局、ロックオンが何を言ってもケイトの態度は変わらなかった」
愛想はいい。会話だって弾むくらいに仲も悪くない。ガンダム同士の連携だって良好だ。……だがニールは、そこにケイトの心を見いだせなかった。
だけど。ライルは知っている。今のケイトには心がある。昔と変わらずソレスタルビーイングの中にいても、そこには彼女の意思がある。面と向かって話す時、彼女の目の中に嘘は見えない。ガラスで出来た瞳ではなく、意思の宿った強い眼をしている。
何が、誰が、彼女を変えた?
「僕とロックオン、それからティエリアと刹那がケイトと対面してから少し後に…なんと言うか、大事件があって」
「大事件?」
「はい。とは言っても、世界的なことでも、ソレスタルビーイングとして重要な事件ってわけでもないんだけど」
「なんだよ、もったいぶんなって」
「刹那とケイトが、取っ組み合いの大喧嘩をしたんです」
そりゃ大事件だ。思わず件の二人(まだイアンと話している)を見ると、視線を感じたらしいケイトがこちらを向いて首を傾げた。視線を戻す。
「なんでまた?」
「原因は教えてくれないんです。ケイトはくだらないことだからってごまかすし、刹那は忘れたの一点張りだし。ロックオンやスメラギさんですら知らないみたいだから、当人たちしか知らないことだと思います」
よっぽど人に知られたくないのか、心底どうでもいいことなのか。そのどちらかだろうと思って再び二人へと目を向ければ、刹那はイアンと共にダブルオーに向かっていき、ケイトはこちらへ戻ってくるところだった。
「何の話してたの?」
「君たちの伝説の大喧嘩の話」
「……ああ」
ケイトは聞き飽きたとでも言うように肩を竦めた。
「お前はともかく、あの刹那が喧嘩ねぇ…」
「その件に関して質問は受け付けないからね、ライル」
「はいはい」
行動でも示すように両手で耳を塞いでしまう。その様子にライルが苦笑すると、アレルヤが続きを話すために口を開いた。そうだった、まだ『双子』の話に繋がっていない。
「僕とロックオンが止めた時には、二人とも引っ掻き傷や痣だらけだったよね」
「そうだっけ?覚えてない」
「そうだよ。二人とも本気だったみたいだから、止めてもまだ暴れてて、ロックオンも刹那にたくさん引っ掻かれてた」
覚えてないと言うよりは、思い出したくないらしい。ケイトはばつが悪そうに目を逸らしている。
「それで、ケイトは僕らに止められたそのまま、傷と痣だらけで大泣きした」
「……アレルヤ。あんまり人の恥ずかしい過去を語らないで」
「ごめんね。でも、君が刹那にベッタリになったきっかけだから、話さないわけにもいかなくて」
ガックリと肩を落とすケイトに、アレルヤは苦笑いを浮かべて答える。その顔には確かに謝罪の色があったから、ケイトは反論らしい反論も出来ずに口を噤んだ。そして、まるで余計な質問をしたライルを責めるように、恨めしそうな目がこちらを睨んでくる。
「そう怒るなよ。同じガンダムマイスターとして背中を預け合うんだから、相手のことは知っておきたいだろ?」
悪びれもせずそう言ってやれば、ケイトは深々と溜め息をついて、背を向けてしまった。格納庫を後にするらしい。もういいから勝手に話せ、と諦めた様子で言って、扉へ向かって歩いていく。
「で、それをきっかけにケイトは刹那に懐いた、と」
その背を見送り、気を取り直して顔を向けたライルを、アレルヤはやはり苦笑で迎えた。
「そう。四六時中、とまではいかないけど、ケイトはしょっちゅう刹那にくっついてた。刹那も刹那で、いつも他人との接触を嫌がるのに、ケイトに対してはそんな素振りを見せなかったんです」
「へーぇ…」
「一緒にいる時間が長かったからなのかよくわかってないんだけど、そのうち、刹那とケイトはお互いのことがなんとなくわかるようになったって言い出して」
「……は?」
「僕にもうまく説明出来ないんですけど、なんでも、あの二人は互いの不調とか嘘をついてるとかそういうのがわかるんだって」
「……なんだそれ」
「たとえ遠くにいても、一方に何かあればそれを感じとるって…。虫の知らせっていうのかな、そういうのを、なんとなくだけど感じるらしいですよ」
それは、なんと言うか、長い時間ベッタリくっついてたくらいで修得出来るスキルなのだろうか。相手の顔を見て不調や嘘を見抜くくらいなら可能だろうが、遠くで起きている何かを感じとるって。
「それで、あなたのお兄さんが言い出したんです。『双子のシンパシーみたいなものだ』って」
「……ああ、なるほどな」
それで『双子』か。
「実際双子にシンパシーなんてもんが存在するかどうかは別として、その呼び名は納得出来るな」
「えっ、双子ってそういうものなんじゃないんですか?」
…………。どうやら兄は、この青年に正しくもない知識を植え付けてやったらしい。本当に何してんだ、あの人。非常識の中で生きてる奴らに、嘘常識を教えてどうする。……あの人、まさか他にも間違った常識だの余計な迷信だの教え込んでんじゃないだろうな。ライルはアレルヤにそのあたりのことを突っ込んで聞いては、端から否定していくのだった。







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