(1st)



何対もの視線を浴びる中、トリガーを引かれた拳銃が弾を吐き出す。それらは全て的に命中し、どれも中心付近に穴を空けた。おお、と一斉に上がる声に、拳銃を下ろした少女が安堵したような息を吐く。振り返れば教官役の男が両手を叩き、賞賛を得た少女は破顔した。
「まさに期待通りの成長ね」
今度こそ中心に命中させてやる、とばかりに再び銃を構えた少女の様子を、三人はモニターで眺めていた。スメラギ・李・ノリエガはモニターの端に少女の能力データを映し出し、その変動値に深い頷きを見せる。
「この様子なら十分戦力になりそうね。シミュレーターによる模擬戦でも高い数値を叩き出してる」
一時はどうなるかと思ったけど、と肩を竦めた。この結果はすべて、過酷な訓練に一生懸命立ち向かってくれた彼女の努力の賜物だ。よく頑張ってくれた、頑張ってくれている。戦いも何も知らなかった幼い少女がここまで来るのは、相当に辛かっただろうに。
モニターの中の、見事実力を開花させた少女へと視線を戻す。彼女の訓練を見守るメカニック班たちも、あの様子なら不満もないだろう。
と、ちょうどその時に撃った彼女の弾丸が、的を外れた様子がしっかりと映った。あら、とスメラギが思わずといった様子で声を漏らす。
「さすがに完璧を求めるには至らないわね。まぁ、そのくらいのほうが可愛げがあるけど」
「可愛くねぇガキだな」
自身の言葉に重ねるように続いた声に、スメラギは隣へと目を向けた。腕組みしたロックオン・ストラトスが、不機嫌そうにモニターを睨めつけている。その向こう側に立つアレルヤ・ハプティズムの表情は、彼ほど険しくはないが、決して穏やかではなかった。
「どういう意味?」
「わざとだよ」
「え?」
「わざと外したんだよ、今の一発」
その意を理解すると同時にモニターへ目を戻せば、ちょうど的の中心に弾が命中するところだった。わっと歓声が上がり、拳銃を指定位置に戻した少女の顔が綻ぶ。
「あんなガキが完璧な訓練成績を上げてみろ。周りの反感買うことは必至だ。天才なんて言葉じゃ片付けられないほど、訓練期間が短過ぎるんだからな」
「射撃や格闘、MSの操縦訓練でも、時折は小さなミスをしていると聞きます。…わざとでしょうね」
「ま、本人が意識してやってんのかは知らねぇけどな」
「……無意識のうちに、自己防衛をしていると。そう言いたいの?」
「そうは思えないかい?ミス・スメラギ」
顎に手をやり、視線を落とす。十分に考え得ることだ。
彼女は身寄りを持たず、身寄りを持つという意味も知らない。保護されてからも彼女の周りにいたのは、事実がどうであれ彼女の主観で味方とは言えない存在ばかりだったろう。しかも、施設である程度の教育を終える前に、なりふり構わない大人たちによってガンダムに乗せられ、システム起動が出来る唯一の人間であることが判明してしまった。当然、その後に施される教育はガンダムマイスターになるためのものだ。正直、まともな人間に育つのは難しいだろう。真っ先に考えられるのは、受ける指示だけが全てだというロボットのような人間か、あるいは。
「…誰のことも信じない、孤独な人間か」
「だろうな。あのガキ、常に仮面を被ってやがる。周りに頼ることを知らずに、たった一人で戦うために、出来る限り敵を増やさないようにしてるんだ」
あんなにも外向的に見えて、しかし独りなのだ、彼女は。誰にもそれを悟られないようにしている。浮かべられた可愛らしい笑顔が上辺のものでしかないと、一度気付いてしまえば後は簡単だった。
「……知らないのね、あの子は」
「誰も教えちゃくれなかっただろうな。ガンダムマイスターは、任務に忠実であればそれでいいんだから」
「ガンダムマイスターに年齢は関係ない。どんなに子どもであろうと子ども扱いはしてやれない。……どう思いますか、ロックオン?」
「……俺にそれを聞くのか、アレルヤ」
「同い年らしいですよ、彼女。刹那・F・セイエイと」
「おいおい。俺は子守り係じゃないんだぜ?」
「子守りが必要になるかどうかは、会ってみないとわからないわね」
仲間内の評判は素晴らしい。愛想もよく、勉強や訓練にも熱心に取り組むし、実力的にも申し分ない。大人を困らせない、手のかからない子ども。しかし完璧過ぎるわけでもなく、時折失敗する姿には愛嬌がある。自分の娘を語るように皆は褒め称えていたが、さて、このマイスターたち相手に彼女はどうするだろうか。



「アレルヤ!」
名を呼ばれて振り返ってみれば、そこには見慣れた光景があった。
こちらに向かって突進してくる少女と、それを追う長身の青年。アレルヤの名を呼んだのは青年の方だ。毎度のことなので彼の要求を正しく理解し、アレルヤは行動に移った。
「ケイト、その辺にしておきなよ」
「はーい」
「だから何なんだよ、その態度は!アレルヤの言うことは大人しく聞きやがって!!」
「ロックオン…ケイトは僕の言うことをよく聞くんじゃなくて、あなたの言うことを聞きたくないだけですよ。ねぇ、ケイト?」
「うん。そ」
「余計に腹立つわ!!」
少女を捕まえてくれ、という願いを受け入れたアレルヤが名を呼べば、手を伸ばすまでもなく少女は足を止めた。いつものこと。これだけ見れば、きかん坊な少女がアレルヤにだけは懐いているようだが、実際は逆なのだ。彼女は誰に対してもこうで、ロックオンだけが特別なのである。用があって呼び止めただけで全力で逃げられる、などという特別、少しも嬉しくないが。
「頼むから、逃げる前に用件くらい聞いてくれよ」
「あんたじゃなけりゃ逃げないよ」
「仕方ねぇだろ!ミス・スメラギが俺に頼むんだから!」
逃げられるとわかっていてロックオンに声をかけるのだから、スメラギもいい性格をしている。まぁ、急ぎの用では他の人間を使うのだろうが。
「無駄口きいてないでさっさと用件言いなよ。あんたに付き合ってられるほどヒマじゃないんだあたしは」
「今の今まで逃げ回ってた奴の台詞かてめぇ…!!」
「ロックオン、おさえておさえて」
「いいや、今日という今日は我慢ならねぇ!!おい、キティ!」
「ケイトですよ、ロックオン。もうコードネームが決まってるんだから、ちゃんと呼んであげてください」
「この際どっちでもいいんだよ!お前な、」
「そういうところが嫌われる原因だって気付けよバーカ」
「てめっ」
「スメラギさんが呼んでるんでしょ?」
「〜〜っ、わかってんならさっさと行け!!」
悪びれない様子で去っていった少女の背を見送ってから、ぐったりと体を折り曲げているロックオンへと視線を戻す。お疲れ様、と声をかければ、彼はやはり疲れ切った顔を上げながら溜め息を吐く。しかし、前髪を掻き上げたそこにあった表情は、苦笑いだ。
「子どもを甘やかすのが上手ですね、本当に」
「出来れば普通に甘えてほしいもんだがな。…ま、ずっと嘘の顔してられるよりはいいさ」
ロックオンは目を細めて、少女の背が消えた通路の先を見つめている。あのような態度を取りつつも、彼女は去り際に短く頭を撫でたロックオンの手を払わなかった。払ったことは、なかった。
「ロックオンに可愛らしく甘えるケイト、っていうのも想像つかないけど」
「まったくだ」
つんけんとした態度は可愛くないものの、彼女はとても正直だ。他の誰にもやらない、我が儘を言ってみたり反抗的な態度を取ってみたりといったことが、ロックオンただ一人にだけ向けられている意味を、彼はとうに知っている。だからこそ、無碍には出来ない。
……あんなふうに、彼女が本当の感情を表現出来るようになったことは、素直に嬉しいと思う。嬉しいのだけれど、それがあのきかん坊のおかげかと思うと、なんとなく複雑だった。






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