(2nd)



第三格納庫にて佇立する機体を、ライルはモニター越しに見た。五人いるマイスターのうちの一人、あの少女が乗る機体。現在世界に六つしか存在しない、オリジナルのGNドライヴを有するガンダム。モニターには、その機体のコクピット付近で端末と睨み合っている少女が映っている。
ライルはその機体を見るのは初めてではない。幾度も共に出撃しているし、遠距離戦闘に特化したケルディムガンダムは近接戦闘を好む彼女の機体とは相性が良く、他のガンダムより多く連携を取る。そのマイスターとの仲も良いほうだ。
ゆえに、モニターを眺めるライルの目に物珍しさはない。ここに来たのは単なる暇潰しだ。ケルディムの調整を終えて、ハロがケイトの元へ行くと言うから、なんとなく足を運んだだけだった。
「珍しいな。君がここに来るなんて」
パシュ、と乾いた音と共にスライドした扉の向こうから、台詞通り些か驚いた様子のティエリアが入ってきた。後にはスメラギが続く。
「いや、暇潰しにね。そっちこそ、ここにセラヴィーは無いぜ」
からかうように言えば、ティエリアは予想通り不機嫌そうな顔でわかっている、と返した。彼らはもちろん、この格納庫にあるガンダム、ネメシスガンダムの様子を見に来たのだ。様子はどうだ、と聞かれたので、ライルは素直に見たままを答えた。
「さっきからずっとあの調子だよ。難しい顔して端末とにらめっこしてる」
「…やはり、システムの具合が良くないのか」
聞けば、あのガンダムが有するシステムはかなりの高性能を誇るのだが、ツインドライヴ以上に好き嫌いが激しいのだという。ネメシスの前身となるガンダムサリフォスにも搭載されていたというそのシステムは、開発当初はそんな様子を見せなかったくせに、パイロットによる起動テストを始めようとした時から全く起動しなくなってしまったのだそうだ。もちろんメカニック班が調整に奮闘したが、それでも状況は変わらない。数人いたマイスター候補は皆外され、サリフォス自体も計画から外すことを検討された。
「ケイトがいなかったら、あのガンダムは今ここに存在しなかったでしょうね」
スメラギのその声を聞いて、一つ疑問が生まれた。
「…ケイトは、マイスター候補じゃなかったのか?」
彼女は言った。候補は皆外された、と。ケイトがマイスター候補だったなら、その時一緒に外されていた筈だ。
「彼女に聞いていないのか」
「何も」
「……なら、初めから話しましょうか。あの子がソレスタルビーイングにいる理由を」
「理由なんて無いよ」
ネメシスの我が儘できかん坊なシステムの調整を何とか済ませ、コクピットの専用ポッドから外した青ハロを脇に抱えて床に降りる。君は何故ソレスタルビーイングに入ったの、と神妙な顔で尋ねてきた沙慈・クロスロードは、返ってきた答えに顔を歪めた。その反応ももっともだろう、と苦笑したあたしの腕の中から青ハロが飛び出し、彼の足元にいた赤ハロと共にイアン・ヴァスティの元へと跳ねていった。
「あたしには、家族がいないの」
交互にリズム良く飛び跳ねる赤と青を眺めつつ、口を開く。沙慈の視線はまだキツい(仕方ない。彼も家族を皆失ったと聞いた)。
「何にもなかったの。ソレスタルビーイングに拾われるまで、何にも持ってなかった。家族も、仲間も……過去も」
「…拾われた?」
「そ。武力介入を始める数年前、あたしはソレスタルビーイング所有の無人島にどうしてかいて、拾われたの」
あらゆる航路からも外れていて、地図にも載っていない、ソレスタルビーイングの者だけしか知らないその場所には、他の人間は存在してはならなかった。
「あたしの身柄はすぐに調べられた。だけど、ソレスタルビーイングのあらゆる情報網を駆使しても、あたしの情報は見つからなかった。データが存在しなかったの、世界中のどこにも」
「……そんなことって…」
「誰もあたしのことを知らなかった。……あたし自身でさえも」
「……え?」
「何にも持ってなかった、って言ったでしょ。あたし、ソレスタルビーイングに拾われるまでの記憶がないんだ」
記憶も記録もないから、ソレスタルビーイングは仕方なくあたしを保護することにした。里親を探すなり、エージェントに育て上げるなり、道はそれなりにあったけれど、あたしの歩んだ道はその中でも最も細く険しいものだった。
「それで、ガンダムに選ばれた」
「……ガンダム」
見上げる、愛機。ネメシス。この子にも搭載されている我が儘過ぎるシステムが、あたしを選んだ。何の因果か、刹那曰わく存在しないらしい神様の悪戯か、戦う理由もない−−戦争を知らない小娘が、戦争をなくしたくてたまらない人間達を蹴落として。……運命、だとは、思えない。
「だから、あたしには理由がなかったんだよ」
ソレスタルビーイングに入ることに、あたしの意志は必要なかった。存在しなかった。『選ぶ』ことを知らなかった。
ガンダムによって選ばれたから、ガンダムマイスターになった。マイスターになったから、ガンダムに乗った。ガンダムに乗るから、戦った。それが、あたしのやるべきことだと信じていた−−いや、信じるという概念すら持たなかったから。知らなかったから。
「みんなには理由があるけどね」
「…イアンさんに、聞いたよ」
「そっか。戦場の最前線へ送られた者、軍に身体を改造された者、家族をテロで失った者、ゲリラに仕立て上げられた者……みんな、戦争で大切なものを失ってる」
沙慈が目を見開いた。多分、あたしがイアンと同じようなことを言ったからだろう。
「だけど、あたしには『失ったもの』がなかった。当たり前だよね、何も持ってないんだから、奪われようがない」
「……」
「戦争をなくそうとしてマイスターになった刹那たちと、あたしは決定的に違うんだ」
目的があってマイスターになったみんなとは違う。あたしに目的はなかった。多くの命を奪うことに対しての覚悟も、戦争をなくしたいという思いすらも持たなかった。
「マイスターになったから戦った。あたしはそれだけだったんだよ」
軽蔑していいよ。そう微笑んでやれば、沙慈は怒ったような顔をして、だけど泣きそうに顔を歪めて、複雑そうな表情で目を逸らした。それから耐えきれなくなったように駆け出したから、あたしは彼を見送らず、再び愛機を見上げた。……ガンダム。
「あたしがソレスタルビーイングにいたことに、理由はなかった」
なかった。ない、のではない。今のあたしは。
「……戦争を、なくしたいよ」
何も持っていなかったのも、失ったものがなかったのも、全て過去のことだ。あたしはたくさんのものを与えられて、そして−−失った。
「……ねぇ、ロックオン……」







index




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -