(2nd)



特別油断していたというわけではない。あまりにも想定外過ぎて、一瞬反応出来なかっただけだ。
「いっ………てぇな!!」
突然後頭部を襲ったのは鈍器で殴られたような激痛で、倒れ込んでしまいそうになるのを気合いで耐え、後方を振り返る。その途中、見慣れ始めたオレンジ色が宙を舞い、壁や天井に当たってピンボール的に返ってきたのを慌てて受け止めた。そのベクトルからして、なるほど、自身の頭にぶつけられたのはこの精密機械だ。
「っおい、ケイト!」
「異常が出たらすぐに言ってね。ハロの調整はあたしの担当だから。ハロの不調はケルディムの制御、ひいてはあんたの生死に関わるし、ちょっとでもおかしいと感じたら無精しないでちゃんと言うんだよ」
「俺の頭に異常が出たらどうする!」
「だから、叩いたら直るかと思って」
振り返った先にいた人物、つまりたった今こちらの頭めがけてハロを投げてくだすった少女は、輝かんばかりの笑みをその童顔に浮かべた。怒ってる。なんだか知らんが怒ってる。
「……俺、何かしましたかね」
「フェルト」
被り気味に返ってきた。とてつもなく簡潔な単語、いや人名は、それだけで彼女の怒りの理由を明確に伝えてくれる。表情からは既に笑顔が消えていた。突き刺すような双眸は、彼女が数年前から世界を相手に戦い続ける機動兵器のパイロットであることを納得させる。
「誰から聞…」
問おうとして、やめた。考え得る幾つかの選択肢の中、最も可能性の高い犯人が自身の腕の中にいるのだ。あの時、自分たちの他に人の気配はなかったし、あの少女が自分から被害を訴えるとは考えにくい。ハロが、その赤く点滅しているLEDの両目で撮った映像を、ご丁寧に彼女に見せてくれたのだろう。余計なことを。
「あんたの気持ちもわからなくはないけどね。それにしたって、もう少し他にやりようがあったんじゃないの?」
「例えば?」
「さぁ?そういうのを考えるのはズルい大人の特技でしょ?あたしは子どもだから何も知らないよ」
ああ、わざわざ面と向かって牽制しに来るのはまさに子どものすることだ。だが、どのような意図があってそのような行動をするのか。彼女のそれだけは、全く読めない。
「ともかく、フェルトはあたしたちの可愛い妹なんだから。今度手ぇ出したら、その頭粉々にしてやるからね」
「おー怖っ!今度は何投げる気だよ」
「青ハロ」
「精密機械をポイポイ投げるんじゃありません」
−−違った。彼女『だけ』じゃない。
「ま、みんな頭ではわかってるんだよ。だから、もう少し時間をちょうだい。あんたには嫌な思いさせるけどさ」
「……わかってるよ」
「わかってる人が、10コも下のうら若き少女に手を出しますかね」
「だからそれは反省してますって。もうしないよ」
ケイトは多彩な表情を初対面のうちから惜しみなく見せてきたが、それゆえに本当の心中が読めない。彼女はどちらかといえば、自分と近い人間なのかもしれない。
そして、もう一人の『読めない奴』は、反対に表情が少なすぎて、わからない。
「……そういえば、お前たちは重ねないよな」
ほとんど独り言同然だった呟きは、それでも彼女に伝わったらしい。『何に』、あるいは『誰に』。『何を』、あるいは『誰を』。そして『お前たち』の指す人間のことも。
答えようと口を開いたケイトの顔は、他のクルーたちの浮かべる表情のどれとも違った。ライルのいる場で兄の話になった時、ライル自ら兄の話を振った時、クルーたちが浮かべるのは一様に石を飲み込んだような苦々しいものだった。それをライルが笑い飛ばして、漸く彼らの顔が困ったような微笑に変わる。飽き飽きした反応だ。
違うのはケイトと、刹那だけだった。普通なのだ、あまりにも。クルーたちから聞いた話を思えば、この二人とて『ロックオン・ストラトス』は特別な存在だった筈なのに。ライルと彼を一度として重ねて見ることがないのは、完全に別人として線引きしているのか、はたまた他に理由があるのか。
「重ならないよ。だってあんたたち、似てないもん」
「はぁ?」
「いくら双子で外見がそっくりって言ったって、中身が違い過ぎる。あんたよりよっぽど、」
そこでわざと言葉を飲み込んだ。表情は変わらず、笑顔。
「…何だよ」
「それにあんたって、なんか年下っぽいんだもん」
「はぁ!?」
「兄のほうが無駄に大人ぶってたせいかな。余計に子どもっぽく見える」
……これは怒っていいのだろうか。八つも下のガキに、子どもっぽいなどと言われて。
「ま、その頃はあたしたちが子どもだったから、うんと大人に見えたんだろうけどさ」
「……お前」
「ん?」
そういえば彼女と兄の話をするのは初めてで、だから驚いた。『ロックオン・ストラトス』の話をする時、他の皆が懐かしむような顔に浮かべる感情と、ケイトのそれは真逆だったのだ。
「…もしかして、お前って…」
「ああ、あたし、ニールのこと大っ嫌いだから」
ニコリと。どこからどう見てもご機嫌にしか見えない笑顔で、そう言った。





「大丈夫か?」
ブリーフィングの後、自室に戻ろうと部屋を出るところで声をかけられた。振り返れば、唯一室内に残っていた刹那が真っ直ぐこちらを見ており、ライルは首を傾げる。
「ケイトに殴られたと聞いた」
「ハロでな。ったくあのガキ、一体どんな躾をされてんだ」
「それはこちらの台詞でもある」
「あ?」
「フェルトの件も聞いた」
「……一応聞くが、誰からだ」
「躾のなっていないガキからだ」
「…………」
あのガキ。先のブリーフィングの時には何事もなかった顔をしていたくせに、しっかり告げ口してんじゃねぇか。
「それで?あんたも牽制しようってのかい?」
「そんなつもりはない。ケイトに釘を刺されて尚、またフェルトに手を出すほど馬鹿ではないだろう、お前は」
「まぁね。次は青ハロ投げる、なんて予告してくだすったからな」
「あいつは実行に移す人間だ。ハロたちの平穏のためにも、余計なことはしないほうがいい」
「……なぁ。もしかして『大丈夫か?』って、俺じゃなくてハロのこと聞いた?」
知らんぷり。何のことだ?と口に出すことさえないが、態度がそう語っている。
「ったく、イヤなガキどもだな」
「躾がなっていないからな」
涼しい顔してそう一言。可愛くない。小さく、しかし隠す気はなく舌打ちした。
「文句ならお前の兄に言え」
「兄さん?……なるほど、あの人が悪ガキどものお目付役ってわけか。世話焼きたがりだもんな、兄さんは」
「ケイトはいつも逃げていたが」
「逃げてた?」
「あいつの趣味はニールの言いつけを悉く破ることだった」
「……なぁ、ケイトと兄さんって仲悪かったのか?」
「そう聞こえたか?」
「いいや、結構な仲良しに聞こえる」
「だろうな」
大嫌いだったと言ったくせに。嘘をついている様子はなかったのだが、あれは何だったのだろうか。不思議に思いながら呟けば、刹那が首を傾げた。
「嫌いだったと言ったのか、ケイトが?」
「ん?ああ…」
「あいつは『嫌いだ』と言ったんじゃないか?」
「……あ」
合点がいった気がした。『嫌いだ』。そうだ、彼女はそう言った。『だった』では、なく。
「…ケイトにとっても、ロックオン…ニール・ディランディは『特別』だった。そういうことだ」
らしいな。彼女の笑顔の裏にあったものに思案しながら、ライルは頷いた。






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