(2011.08.14)


(2nd)



武装組織なんて名乗っているわりに、この艦のクルーには女が多い。もちろん、女がそういった組織に相応しくないなどと言うつもりはないし(カタロンにも女性構成員は少なからずいる)、比率で言えば多く感じるというだけで数えれば大した人数ではない。ただ素直に意外だっただけだ。
紹介されたどの女性クルーのものとも違う、弾みのある高い声が前を進む青年の名を呼んだ時、ライルはそんなことを考えた。青年の右手がガイドレバーを放すのを見てそれに倣い、低重力に浮いた足を床に着ける。彼を真似るでもなく振り返れば、あの戦術予報士でもなく戦況オペレーターたちでもない少女がこちらに向かってきていた。女性用の制服に身を包んだ彼女は、やはり見覚えのない人物だ。
「刹那、お疲れさま!」
「ああ。お前も、おかえり」
「うん、ただいま」
ただいま、と言ったからには、やはり彼女もこの艦のクルーなのだろう。短い話の内容から察するに、どうやらライルが格納庫内でガンダム操縦の指導を受けている間に、小型艇で着艦したようだ。そういえば、着艦準備がどうのといったオペレーターたちの声を、コクピット内で聞いた気がする。
ゆっくりと近付いてきた少女の手を取って、刹那はもう一方の手を壁についた。それをブレーキにして上手くバランスをとり、床に足を下ろした少女はふとこちらに目を向ける。幼さを全面に出したような、くりくりした大きな眸が隠しもせずに興味を表している。
「あ、噂の新しいマイスターさん?」
「ああ」
噂の、ね。
口よりも余程多くを語る刹那の目が向けられたので、苦笑を潜めて頷いた。
「ロックオン・ストラトス。ケルディムのパイロットだ。よろしくな、お嬢さん」
差し出した手は躊躇いなく握られ、握り返せば少女は上機嫌そうに笑む。その目に『ロックオン・ストラトス』を探す色は無い。辟易していたそれを向けて来なかったのは、この艦では刹那とあのミレイナという戦況オペレーターだけだった。ミレイナは四年前までの武力介入時にはプトレマイオスに乗っていなかったらしく、『ロックオン』とは面識がなかったらしい。ならばこの少女も(見た目からしてミレイナとそう変わらないくらいの年齢だろう、多分)、彼女と同様に兄を知らなかったと見て間違いないだろう。
「あたしはケイティ・ノーライン。ケイトって呼ぶことをオススメするよ」
「ケイティじゃ駄目なのか?」
「駄目ってわけじゃないけど、みんなケイトって呼ぶよ」
「なら俺は、」
「向こう脛を全力で蹴られたくなかったら、大人しく従っておけ」
目を伏せた刹那の声が挟まれた。それは経験者の語る顔ではなく、経験者を知る者…つまり目撃者の口振りだった。……蹴られたんだな、誰か。刹那はそんなことを冗談で言う性格ではなさそうだし、少女のほうも笑っているだけで否定する様子はない。背筋がすっと冷えた気がして、ライルは降参というように両手を挙げた。放したヘルメットが低重力に浮遊する。
「わかったよ。よろしくな、ケイト」
応えて綻ぶ顔は、人畜無害な美少女なのだが。
「ケイト!ケイト!」
間を空けずに飛び込んで来たのは、最近漸く聞き慣れてきたものより少しばかり高い電子音声。三人してそちらを見れば、少女のやって来た方向から青い球体が飛んでくるところだった。
ケルディムのシステム制御を担当する、『ロックオン・ストラトス』の相棒であるハロと同じ形状、大きさで、色だけが違う。青ハロ、とケイトに呼ばれたそれは、狙い定めたように彼女の腕の中に飛び込んだ。
「セツナ、ヒサシブリ!セツナ、ヒサシブリ!」
「ああ。元気にしてたか」
「元気シテタ!元気シテタ!」
機械相手に『元気にしてたか』はないだろ、と突っ込みかけたが、刹那が思いの外柔らかい表情で青色のハロを撫でていたから口を噤む。何となく居たたまれなくて浮かべたままだったヘルメットを掴むと、ちょうど刹那が手を引いた。青ハロが名残惜しそうに耳を一度パタと動かす。
「整備は?」
「粗方済んでるよ。最終調整とシステムチェックが残ってるけど、とりあえず飯食ってこいってイアンに追い出されたから休憩」
「そうか」
「イアンといえば、ツインドライヴにやたら文句言ってたけど。ダブルオーの調子は?」
「安定しているとは言い難い。トランザムは使うな、と口癖のように言われる」
「そっか。やっぱりシステムが…」
「いや、出力に機体が…」
「そうなると…」
「だが…」
そういえばこの組織における少女の役割は何なのだろう、と考えたところで、そんな会話が交わされ始めた。会話から察するに、彼女はメカニック担当だろうか。あの二人がいる以上、戦況オペレーター、ということはなさそうだが、とブリッジの風景を思い浮かべ、操舵席の片方が空いていたことを思い出す。操舵士という線も無くはない。
ここにいる人間は、艦に関することは専門でなくとも大抵の知識と技術を持っている。クルーも、マイスターも(刹那やティエリアも整備や操舵など粗方出来るようだし。おかげでライル自身も覚えることが盛りだくさんだ)。だからこの彼女も、整備士兼操舵士、という役割だったりするのかもしれない。
……というかこの二人、俺の存在忘れてないか。すっかり盛り上がってしまっている刹那とケイトの姿に、ライルはぼやいた。自身の乗機に関することだから当然と言えば当然なのだろうが、普段の何倍も饒舌に喋る刹那がとても珍しいものに見える。
「っと、ここで話し込むことでもないね」
先に話を断ったのは少女のほうで、ライルを見上げてごめんと謝る。はっとした顔でこちらを向いた刹那は、しかしライルの表情をみとめて眉を寄せた。
「……何を笑っている」
「いや?あんたがそんなに喋る奴だと思わなかった、ってだけだよ」
機嫌を損ねるだけだとはわかっているが、正直な気持ちを答えてみた。そうすれば刹那は予想通り口を引き結び、ふいとそっぽを向いてしまう。少女の楽しげな笑みと顔を合わせて、肩を竦めた。
「そういう態度は昔から変わらないよね」
「……」
…………ん?
からかうような口振りの少女に刹那は顔を背けた。こちらから見える横顔はどこか拗ねた子どもに似ていて、初めて見た表情に驚きを感じる(と言うか普段の彼は表情の変化が乏し過ぎる。それでも、ライル以外の他のクルーたちにはまだ柔らかい表情を見せているようだが)。
と同時に、ライルは内心で首を傾げた。違和感。……『昔から』?
「じゃ、あたし行くよ。近々ロールアウトする予定だから、今度シミュレーション付き合ってね」
身を翻し、食堂方面へ向けて床を蹴ったケイトが手を振る。刹那は了解、と小さく頷いて、彼女とその後に続く青ハロを見送った。
「ロックオンもね!」
「へ?」
急に名を呼ばれて反射的に顔を上げれば、少女は右手で拳銃の形を作ってバンと撃ってみせた。言われた意味もわからぬまま「ああ、え、うん、あれ?」なんて意味不明な返答をするライルに、少女の笑みが悪戯が成功した子どものものになる。彼女と青ハロの姿が角を曲がって見えなくなると、背後で刹那の溜め息が聞こえた。呆れたようなそれに、うっせ、と内心呟いて。
「……あいつ、いくつ?」
「俺と同じだ」
「…ってぇと、21か。見えねぇな」
10代後半位にしか見えない少女だが、一年も前に成人しているとは。この青年も実年齢より幼く見えるが、彼女はそれ以上のようだ。
「シミュレーション以外のMS戦には四年のブランクがあるが、機体がロールアウトすれば即戦力になるだろう。あいつは近接戦闘のプロだ」
頼りになる。そう告げた唇の端が微かに上がっていることに驚くと同時に、刹那は踵を返して床を蹴った。少しずつ離れていく背中を暫し眺めて、ヘルメットを脇に抱え直したライルはふぅと息を吐く。ケイティ・ノーライン。
「……ガンダムマイスター」
わかったのは、彼女が相当茶目っ気に溢れた性格だということだ。








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