(2009.03.31)
クラトスルート



「なんで一人で残った?」

そんなボロボロで俺に勝てると思ってんのか。少女は答えず、かわりに笑った。疲労と痛みの残る顔で、いつものように笑った。

少女は仲間たちを先に進ませて、それを阻もうとした裏切り者に剣を向けた。鋭い剣先と共に向けられた双眸はただ冷たく、見ているだけで背筋が凍えてしまいそうだった。
殺意を乗せた攻撃を止める刃に震えは無く、襲いかかる剣筋には微かの迷いも無い。それは確かに『殺す』刃だ。防ぎ、避け、受け止めながら、時折肌を抉るそれが嬉しかった。

術や道具などは使わず、ただ武器だけを握り振るう。普段背後から見ていた彼女の連携はやはり反則的な威力で、実際に受けるとなると防ぎ切るのに骨が折れた。油断無く構えた筈が無理矢理にガードを崩され、一瞬の隙に容赦無い斬撃を食らわされる。しかしそれは相手も同じで、至る箇所から血を流す少女は肩で息をしながら剣を握り直した。
疲労と失血で震える手が握る双剣は、しかし変わらず確かな軌道を描きこちらの急所を狙ってくる。致命傷を避けるべく左手の盾でそれを弾くと、床に散った血で足を滑らせた少女が一瞬反応を遅らせた。

「−−…ッ!!」

左の腕を貫いた瞬間、少女が声無き悲鳴を上げる。骨を断つ感覚が剣を通じて右手に伝わる。肉に突き刺さった瞬間散った赤が頬にかかる。大きく見開かれた目。引き攣った喉。勢い良く引き抜くと赤の噴水に目を奪われる。唇を噛んだ少女からの悲鳴は無かった。
剣を持つことの叶わぬ左腕はだらりと下がり、しかしその眼は光を失わない。間近に見た空色が自身の姿を映し、ゼロスは半瞬それに魅入られた。真っ直ぐに彼を映す空色は、これまでに見たどの宝石より美しく、どの夜よりも静かだった。一度の瞬きすら惜しいと思った直後、胸に熱さを感じて目を見開いた。まるで時間が止まったかのような錯覚に意識せず笑みが零れる。堪えきれず溢れた血が口の端を伝い、初めて、眼前の空色が震えを見せた。

「……クライサ、ちゃん」

口にした名は、掠ればかりが目立ってほとんど音にはならなかった。右胸を貫く片刃剣を握ったまま、目を逸らさない少女に笑みを送る。返った笑顔はまるで泣き顔のようで、あまりの不似合いさに血反吐混じりの笑い声を上げた。

「クライサちゃんは、優しいな」

途切れ途切れの音は、果たして言葉として伝わっているのか定かではない。しかし少女は黙って、ただ男を見つめている。

「ロイドたちにも……俺さまにも」

優しいけれど、損な役回りだ。ほとんど感覚の無いまま持ち上げた右手で、少女の頬に触れた。あたたかい筈の温度が伝わってこない。少女は笑っている。
視界が揺れた。スローモーションのように流れたそれは、しかしすぐに暗転した。闇に包まれ、全ての感覚を失いつつある中で、ゼロスは満足気に笑った。

「……ありがとな」

静寂。自身の荒い呼吸を遠くに聞きながら、少女は『それ』を見下ろした。かける言葉なんて無い。謝罪も、罵声も、脳裏に浮かびすらしない。返すように笑みを浮かべた顔は、流した血で固まってしまったようだった。



こんなの、もう二度とごめんだ






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