(2010.04.26)
クライサとアカ
「何してんの?」
太陽に透かすように、自身の手を見つめる少女がいた。怪我でもしたのか。アカはその隣に腰を下ろし、今度は足の上で伸ばされた両手を覗き込む。軍人である少女の手には傷はなくもないが、すぐに治療が必要なものは見当たらないようだった。
「見えるかと思って」
「何が?」
「糸」
赤い糸。
少女らしくない発言に面食らったが、揶揄の言葉は浮かばなかった。少女の−−クライサの顔に、表情はなかったから。
「見えた?」
「見えない」
「見たい?」
「あんまり」
手を下ろし、かわりに顔を上げた少女には表情があった。いつもと変わらぬ瞳。苦笑に近い笑顔。
「恋する乙女は頷くとこだろう」
「あたしはいいや。アカは?」
「そんなので繋がってたら邪魔で仕方ないからね。あいつならさっさとぶったぎるさ」
「あはは。そうかも」
あたしも、そうするかも。
「言わないのかい?」
「言わないよ。終わっちゃうもん」
終わってほしくないから、始めない。
「始めないと、終わらない?」
「ううん。終わる。終わるから、始めないの」
始めても、しょうがないの。
「言わないの?」
「言わないね。言ってもしょうがない」
「いいの?」
「ああ。それが、うちと、あいつの選んだ道だから」
それで、満足だから。
「欲がないね」
「それ以上欲しがったら、とても酷いことを言っちまうからね」
とても残酷で、とても純粋な願いを。
「君は欲しがらないのかい?」
「うん。もういい」
もう、奪うのは疲れた。
翳りも何もない、とても綺麗な笑顔だった。アカもそれに微笑みを返し、痩せた頬をそっと撫でると、少しだけ伸びた空色の髪を揺らしてクライサはくすぐったそうに笑う。その眼はいつもと同じように、何も映しはしなかった。
−−いらないの。始めても、終わってしまうから。奪うだけは、嫌だから。
−−いらないさ。望んでなんかいないから。望んだら、君を殺してしまうから。
それが最上級のハッピーエンド。