(2012.01.29)



地面を覆う緑は鮮やかに色付き、可憐に咲き誇る花々は撫でるようなそよ風に穏やかに揺れている。麗らかな朝の日差しに目を細めながら、リオンは抱えたファイルに目を落とした。

「異常無し、と。今年はローズマリーも良く育ってるな」

自宅の裏に設けた花壇、そこで育てられているハーブの様子を見るのは彼の日課だ。毎朝、身支度を整えると食事の前に庭に出て、ハーブの成長を確かめて記録する。小さな頃から習慣的に繰り返されてきたことだ、今更苦とは思わない。
ファイルを閉じ、脇に抱えて歩き出せば、後方で毎朝の作業をいつも見守ってくれている相棒が短く一鳴きした。

「終わったよ。朝ご飯にしよう、ガーディ」

伸ばした手で頭を撫でて、家の中に戻るべく足を進める。ガーディはその横にぴたりと寄り添い、同じように家の中へと歩いていった。





ああ、また世界を渡ったのだ。
リオンがそう気付いた時、彼は二歳だった。
草木に恵まれた小さな町。本当に美味しいと感じるのだ、と感心するほど澄んだ空気。戦の匂いなど感じない平和なこの世界をリオンは知らず、過去の経験からここが以前いた場所とは違う世界なのだと判断した。
正しく言うと、違う。ここにいるリオンは、異世界のリオンだ。
アメストリスという国で軍人として働いていた記憶が彼にはあるが、そのリオンとここにいるリオンは別人なのだ。無限に存在する世界に生きる、それぞれのリオン。異世界の自分の記憶を受け継いでしまうからややこしくてたまらないのだが、リオンは既にそういうものなのだと割り切っていた。どの世界でも、自分の思うように、自分らしく生きる。それで何も問題はなかったから。

話を戻そう。幼い姿で新たな世界に生まれ落ちた彼は、記憶を持ちながらもごく普通の子どもとして今の年齢まで過ごしてきた。
その傍らにずっといたのが、このガーディである。
彼はリオンが未だかつて出会ったことのない、この世界独特の生き物で、総称してポケットモンスター、ポケモンと呼ばれている。ガーディはその三ケタに及ぶと思われる膨大な種類の一つであり、炎を司る犬タイプのポケモンだ。
リオンが五歳になる頃、母親が育てているハーブの花壇の手入れを手伝っている時に、ふらりと現れたガーディがリオンに懐いたことから彼らは相棒と称せるほど親交を深めることとなった。

「あらリオン、今日はお出かけ?」
「研究所に。オーキド博士に呼ばれてるんだ」

朝食を終え、部屋に戻るとすぐにバッグを肩から提げて階段を下りてきたリオンに、階下で待っていたガーディが腰を上げる。母の声に返すと、せっかくハーブティーを淹れるところだったのに、と残念そうな声が更に返って、ごめんと苦笑した。リオンの母親はハーブの扱いに長け、オリジナルのブレンドティーを作ったり、薬草の調合を手がけている。店こそ開いていないが、町の住民限定で安値で売っていて、結構重宝されているのだ。

「何かお手伝いが必要なのかしら。お行儀よくするのよ」
「わかってるよ」

オーキド博士、というのはこの町、マサラタウンを拠点にしているポケモン研究の第一人者だ。リオンの父親が彼の下で働いていることもあり、リオン自身も時折彼の手伝いを頼まれる。ポケモンに詳しくないリオンでも出来るような些細なことなのだが、そのようなことにも手が回らないくらいこの研究所は忙しいらしい。
現に、リオンが建物の中に入っていっても、研究員たちは何かに没頭したり、書類や道具を抱えて走り回ったりと、彼に目もくれやしない。実の父親でさえそんな様子なので、リオンはただ苦笑するばかりだ。
研究員たちの邪魔をするのは本意ではない。ガーディと共に慣れた調子で足を進め、オーキドがいるであろう一番奥の研究室のドアをノックする。幸いすぐに返答があったためそのままドアを開くと、室内には二人の人物の姿があった。

「やぁ、リオン君。呼び出してすまないのぉ」

一人はオーキド。いつも通りの笑顔で片手を上げる。
もう一人は。

「………………」
「………………」

青空色の長い髪。振り返った少女と目が合った瞬間、二人同時に溜め息を吐き出していた。





つづく?




●リオン
マサラタウンで暮らす少年。15歳。各世界のリオンと同じくクールなツッコミ気質
幼い頃から一緒のガーディとはツーカー。だがポケモンバトルの経験は無い新人トレーナー






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