(2012.04.12)


方舟を利用するようになってから、エクソシストの仕事量は格段に増えた。移動にかかる手間が大きく削られ、効率が上がるのだからそれは当然のことなのだし、もともとエクソシストは数が少ないのだから仕方のないことだ。他の者はどうだか知ったことではないが、元よりアクマと戦うのが自分の仕事、わざわざ文句を言う気もない。
ただ、任務を終えて帰還したその日のうちに次の任務に向かわねばならないこともざらで、あまりにタイトなスケジュールには少しばかり気疲れしてしまうが。

先の任務の報告を終え、足を向けた食堂は閑散としていた。
エクソシストがあちこちに動き回っているのだから、当然、探索部隊や医療班もろもろの仕事量も倍増しになっていることだろう(科学班は言わずもがなだ)。決まった時間に、まとまった人数で食事をとることは難しい。バラバラに食事をとりに向かった者たちで混雑する時もあれば、今のようにほとんど人影がない時もある。その時間が全く定まっておらず、混雑状況を計りにくいのが困りものだ。

さて。
食堂内に踏み入れた足を、入口付近の席で止めた。食事をとりに来たのではない。入口から三列目の長テーブルの奥側、端の席に見つけた目的の人物は、テーブルに突っ伏して眠っていた。空色の髪。組んだ腕に頭をのせて、見える横顔は穏やかだ。脇にどかされたトレーから、食事を終えた後の少しの時間を睡眠にあてようとしたのだとわかる。体を休めるならこんな場所でこんな姿勢でなく、部屋で横になったほうが格段にいい筈だが、彼女も多忙な身、僅かな隙間を縫っただけのことなのだろう。

そしてその僅かな空き時間を、自分はこれから潰してやらねばならないのだ。

報告の際に新たに受け取った資料に目を落とす。次の任務だ。今すぐに向かえと言われたわけではないが、現状、のんびりともしていられない。共に目的地に向かう相手が寝転けているなら、さっさと叩き起こさねば任務に支障が出る。すよすよと、幸せそうに、穏やかに眠る横顔。呼びかけようと吸った息を、空色の睫毛が微かに動いた瞬間、飲み込む。変化のない姿を見やって胸をなで下ろしかけて、気付いた。起こそうとしておきながら、起こしてしまわなかったことに安堵した、なんて。複雑な気持ちで溜め息が出た。





「……ん」

多忙な軍人経験のある身としては、机で仮眠をとることも慣れたものだ。とはいえ縮こまっていたせいで少しばかり固まってしまった体を起こせば、肩から何か落ちる感覚がする。寝起きで霞む目を擦りながら、もう一方の手を伸ばすと、椅子に引っかかったそれの正体はすぐにわかった。コートだ。エクソシストが、団服の上に羽織る−−−−え、誰の?

しっかり五秒固まったクライサが勢いよく顔を上げれば、真正面にある青年の顔にぶつかった。頬杖をついて無表情に眺めている、向かいの席に座った青年は、揶揄の色のない声音でアホ面、と呟いた。

「は、え、ちょ、なん、」
「あ?」
「っお、お、起こしてよ!寝顔眺めてるなんて悪趣味だ!!」
「……お前、起きるとブサイクだな」
「はああぁ!?」
「さっさと準備しろ。発つぞ。コート返せ」
「へ?あ、はい。……あ、これ、アンタのコートか。ありがとう」
「…………」
「え、何?」
「……変なやつ」
「アンタに言われたくないんだけど!?」

犬猫を宥めるような手つきで髪をくしゃりと撫でた神田の手に、真っ赤になったクライサは黙るしかなかった。






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