(2013.11.11)
途中で終わってます。



ティキ・ミックは暇を持て余していた。
千年伯爵に頼まれていた些細な仕事は早くに終わってしまったし、かといって人間時の仲間の元へ向かうには少しばかりタイミングが悪い。
退屈を感じてはいるのだが、これといってやりたいこともなく、無性にエクソシストを殺したいという衝動も今のところない。

なので、仕方ない。
仕方なしに、街を散歩しているところである。
それで時間が潰れるなら良し。興味を惹かれるものがあれば尚良し。うまいこと気分が変わって、エクソシスト狩りに走るのも、大人しく帰還の道を選ぶのも、まぁ良し。
我らが敬愛する千年公の手前、仕事時には小綺麗に正装していたが、暑苦しくて堅苦しくてたまらない上着は小脇に抱え、ワイシャツとスラックス姿で見目もラフに、だらだらと人気のない道を歩く。

だから、完全に偶然だったのだ。
その小さくも目立つ後ろ姿を見つけたのは。

「おチビちゃん?」

他の何色をも跳ね返すような青空色。誰もが目を奪われる鮮やかな色をした長い髪が、弱い風に流れて揺れる。零れた呟きじみた呼び名を拾って、髪と同じ空色の眼がこちらを向いた。

「いいとこに来た」

「……へ?」

驚きに見開きも、苛立ちに細められもしなかった真ん丸の眼に見つめられて、ティキのほうが驚いた。
初対面時に彼女を気に入ってから、数度の邂逅の際は必ず嫌そうに顔を歪めていた少女の反応とは思えない。瞬きの間もなく拳か平手、もしくは蹴りを繰り出してきた彼女が、まさか自分を歓迎する日が来ようとは(自分で思って悲しくなったが気にしない)。

「いいとこに、って…」

よくよく状況を観察してみれば、少女の向こう側に道を塞ぐように立っている男たちの姿が見える。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた、ガラの悪い風体の者が三人。まぁ、人気のなさそうな通りには有りがちな光景だ。
しかし、それが決定的に『有りがち』と違う点を、男三人がティキを見た途端に顔を青くした瞬間に悟った。ノア様、と震えた声は中央に立つ者のそれだろうか。

「……なにこんなザコに絡まれてんの、エクソシスト」

「だからちょうどいいとこに来た、っつったの。助けろ」

「言うに事欠いて『助けろ』かい。自分で何とかする気ねーの?」

三人の男たち、もとい三体のアクマたちは、突然のノアの登場にオロオロしている。自分たちの従うべき相手が、自分たちの殺すべき相手と親しげに話している現状に、どうしたらいいのかわからないのだろう。
あの程度のアクマを破壊するのに、この少女はティキの助けを必要としない筈だ。なのに少女は、食材の入った紙袋を両手で抱えたまま(買い物帰りらしい)、戦闘体勢に入る様子もない。普通エクソシストなら、アクマを見つけた時点で破壊しようとするものじゃないのか。いや、彼女が『普通』でないことは百も承知だが。

「あたし、今休みなの」

「は?」

「だから、休み。オフ。エクソシストじゃないの」

「……けど、明らかに狙われてんじゃん。戦わなくていいのかよ」

「やだよオフだもん。意地でも戦わないよ。死んでもヤダ」

「…………」

そういえば、彼女の右手首をいつも飾っている銀の腕輪が見当たらない。だが、確かにイノセンスの気配はしているのだ(だからこのアクマたちが寄ってきたのだろうし)。ついと視線を動かしてみれば、細い足首に目当てのものを見つけた。……なるほど、足首のイノセンスは、戦う気無しのサインか。

「ノ、ノア様……」

「……あー」

やれやれ、と溜め息を零す。全く本気で一切戦う気のない少女は、促したところでエクソシストになる様子はなさそうだ。

「どっか行っていいよ、お前ら」

「え、い、いいんですか?そいつ、エクソシストですけど…」

「いいの。コレ、俺のお気に入りだから。手ぇ出すな」

しっしっと手を払えば、困惑していたアクマどもは、しかし助かったと言いたそうな顔をしてすぐさま消えた。
さて。邪魔者もいなくなったところで視線を隣に移せば、そこにいた筈の少女は何事もなかった顔をしてとうに歩き出していた。ひどい。

「ちょっとおチビちゃん、どこ行くの」

「ホテルに帰るんだよ。決まってんでしょ」

慌ててその後を追い(コンパスに差があるからあっという間に追いつく)、隣に並んで問えば、少女は足は止めないけれど答えてはくれる。

「あのさぁ、お礼とか無いわけ?」

「お礼?」

「お願い聞いてやっただろ?『助けて』って」

「……お願い?」

足を止めた。下から見上げてくる少女のそれは完全な上目遣いなのだが、あるべき可愛らしさが欠片も見当たらない。あるのは恐怖だ。だって背後にどす黒いオーラが見える。

「誰がお願いなんかしたの」

「え、だから『助けて』って…」

「あたしは『助けろ』って言った筈だよ」

「うん、まぁ、それは」

「あたしがしたのは、お願いじゃなくて命令。犬が飼い主の命令を聞くのは当たり前でしょ?当たり前のことをした犬に誰がお礼なんか言うの」

「…………」

なんでこの少女は、こんなにも女王様なのだろうか。

「犬はお行儀良くお座りでもしてな。あたしは帰るから」

ひらりと振られた右腕をとる。再び歩き出そうとした足は踏み出せないまま。不機嫌にこちらを見た顔。その耳元に唇を近付けた。

「どんなに従順な犬も、上手に命令を聞けたならご褒美が欲しいもんだぜ?」

「……ご褒美?」

掴んだ腕は軽く払われてしまったが、少女は何やら納得した様子で頷いている。拳で黙らされるかと思ったが、意外と効果があったらしい。

「……ま、いいでしょ。楽しいお誘いなら、特別に付き合ってやらなくもないよ」

「え、マジで?」

「あたしの気まぐれに全力で感謝しなよ。そしてむせび泣け」

「うん、泣かないけど感謝はするする」

まったく本当にありがたい気まぐれだ。先程までの退屈なんて、どこか遠くへ飛び去ってしまった。

「んじゃ、デートのお誘いだ」

少女の右手をすくい取り、甲に口付けてお伺いを立てる。

「遊びにおいで、リトル・レディー。我らがホームへ」

その時はじめて、大きな眼がまん丸く見開かれた。






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