(2014.11.12)



朝から嫌な予感はしていたのだ。
やたら魔物に背後をとられるわ(当然、警戒を怠っていたわけではない)、やたら短い魔術の詠唱を邪魔されるわ(これはレイヴンのせいである。あんまり酷いので、うっかり狙いを彼奴のチョンマゲ頭に定めかけてしまった)、やたらトドメの一撃をユーリやジュディスに横取りされるわ(一番気持ち良い瞬間である。しかし彼らのいい笑顔を見たら何も言えなくなってしまった)。
なるほど、こういうのを厄日というのか。なんだかもうテンションだだ下がりである。
日が落ちる前に宿をとれたのは良かったが、アカにしては珍しく外に出かけようという気はさらさら起きなかった。いつもならば酒をひっかけつつ軽い情報収集をするのだが、今日はもう大人しく宿に籠ってしまおうと思ったのだ。

しかし、うまくいかない日というのは、とことんうまくいかないものである。

宿の一階部分は酒場を兼ねた食堂になっている。たまたま他に利用客がいなかったので、七人(と一匹)の大所帯でもゆっくりと食事が出来、そのうえ食後の談笑の時間までとることが出来た。こういったところは幸運であることに違いない。
翌日の買い出しと情報収集などの分担や次の目的地の確認などを済ませると、自然と話の流れは変わってくる。世間話と呼ばれるような他愛ないそれに、一杯だけ飲むことにしたアルコールのグラスを傾けながら耳だけを向けていたら、話の中心にいた姫君がこちらを見やった。

「アカの誕生日って、いつなんです?」

純粋な疑問に、忘れていた何かが蘇ったような気がした。
世間話から星座占いとやらの話になり、他の面々の誕生日と星座を聞いていた流れでこちらに水が向けられたようだ。全員の注目を浴びる形になってしまい、アカは苦笑する。

誕生日などというものは生きていくのに不要なものだ。情報屋、傭兵としてひとりで生きるようになってからそれは全く無縁のものであったし、ギルド関係者から今のような世間話中に尋ねられることもあったが、忘れたと毎度躱してきた。
今だって、そんなものは忘れたと言ってヘラヘラ笑えばいい。アカの普段の態度を思えばそれはごく自然な対応であったし、彼らもしつこく追及はしてこないだろう。

なのに、出来なかった。
年少組(リタ除く)のやたら期待に満ちた眼差しに出会ってしまったのだ。えぇとねぇ、と言い淀んだら、もう終わりだった。

実際忘れてしまって構わないのに、意外と忘れないものだった。しかと浮かんでしまった日付に内心舌打ちする。
あんまり焦らすのも変だろう。かといってもうはぐらかせる空気ではない。観念して、ごくごく小さな声で、その日付を告げた。

一瞬の間。

「ええぇぇえ!!??」
「ちょ、それ、本当です!?」
「それって今日じゃない!!なんでアンタ言わないのよ!?」
「これからお祝いするのじゃ!」

……だから言いたくなかったのだ。
予想通りの反応をする年少組に、もう隠す気にもなれない溜め息が漏れる。ケーキを買って来なきゃ。−−だから甘いもの食えねぇんだって。プレゼント用意してない。−−いらねぇって。やっぱりパーティーをしましょう。−−だからいらねぇって。
残る三人に助けを求める気は端から無かった。だって助けてくれるわけがない。現に、ジュディスはともかく、あとの二人は生温い眼差しでやりとりを見守っているだけだ。ラピードに至っては興味無さげに伏せてしまっている。
もう食事も終えているしケーキも受け付けないのに一体何をするというのか、誕生日パーティーを開催する気満々の年少組が詰め寄ってくる前に逃げ出した。祝われて喜ぶ年ではないと返しても聞く耳を持ってくれないので、強行手段に出るしかなかったのだ。食堂を出る際に、年少組の悲鳴じみた声を聞いたが、振り返りも立ち止まりもしなかった。

かくして屋根の上にやって来たアカだったが、ひとりで静寂を満喫する時間は長くなかった。ユーリが追って来たのである。しかし連れ戻しに来たわけではなさそうだ。彼の手には一本のボトルと二つのグラス。

「祝われてやりゃあ良かったのに」

そりゃ、祝い事に託けて騒ぎたいという気持ちを皆が少なからず抱いていたことには気付いているさ、さすがに。
アカだって、他の誰かが主役であったならパーティー開催には乗り気だった筈だ。騒がしいのは嫌いじゃない。が、輪の中心が自分だというなら話は別だ。

「嫌いなんだ。こんなふうに祝われるの」

恥ずかしいじゃないか。
紛れもない、本心だった。またそんなことをと、冗談と受け取った仲間たちに呆れた顔をされそうだが、心の底から思うことである。その証拠に、普段であれば嘘くさい笑みを浮かべて舌に乗せる言葉を、隣の青年と目を合わせることなくポツリと呟いた。
おめでとう、おめでとう。逃げてくる前に仲間たちから口々に告げられた祝いの言葉。それらは全て純粋で透明だった。悪意など欠片も無いことはわかりきっている。それでも、−−だからこそ、嫌だった。

「……なんて返したらいいか、わかんないんだ。ありがとうって返しゃ十分なんだろうが……もっと気の利いたこと言えないもんかって、ちょいと悔しくなる」

思えば、褒められることも好きではなかった。今みたいに逃げこそしないが、いつも適当に流してしまっている。賛辞に少しでも悪意があれば返す言葉・態度も変わってくるが、そうでなければ素直に応じることが出来なかった。それが純粋な気持ちであればあるほど。だって、なんて返したらいいの。

落ちた沈黙に耐え切れずに顔を上げると、隣に座る青年は目を細めて微笑んでいた。その微笑をやけに柔らかく感じてしまうのは自意識過剰だろうか。

「お前にもかわいいとこってあったんだな」
「はぁ?」

そんな微笑みの青年の告げた予想だにしない台詞に、あまりにも間抜けた声が出てしまったのは仕方のないことだと思う。
ユーリは持ってきたボトルの中身を二つのグラスに順に注ぎ、その一方を差し出してきた。アカは言葉の続きを促すように視線を向けながらそれを受け取る。一口含んでみるとなかなか飲み口が良く、安酒だが上々だと内心で頷く。この男とは酒の好みが合うのだ。

「だってさ。『嫌い』って聞こえねぇよ、今の」

意外と照れ屋だったんだな、お前、アカのくせに。

楽しそうな笑顔で頭を撫でてくる手を、アカはどうしてか拒めなかった。なんだい、うちのくせにって。失礼な奴め。口角の上がった唇はすらすらと言葉を放つのに、青年の笑みを真近で見た目は逸らさずにいられない。さ迷った視線はグラスの内の狭い水面に落ちる。

「だから、誕生日ってやつは嫌いなんだ」

そこに映った半月を勢いづけて飲み込むと、隣の彼が声を上げて笑った。







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