(2010.11.11)



どうしたの、なんて聞かれても、答えようがなかった。

「何か、用?」

気付いたら、手が、彼の服を掴んでいた。裾を引かれた総司は当然、足を止めて振り返る。用は無い。辛うじて首を振る。どうしたのか、なんて、あたしが聞きたい。

「こわい夢でも見た?」

なんだソレ。口元だけで笑って見せるが、あながち間違いでもないのかと思った。白昼夢でも見たのかもしれない。理由もない、言いようのない不安が胸の内で渦巻いて、涙になって溢れ出してしまいそうなのを必死に飲み込んで耐える。手は小刻みに震えて、どうしてか、放すことが出来ない。頭の上で総司が困ったように笑うのが、気配だけでわかった。

「……クライサちゃん」

不意に、手が離れる。総司自身に振り払われたのだと気付いた時には、既にそれは彼の手に包まれていた。未だに震える手をしっかり握られると、彼の肌を熱く感じる。いや、あたしの手が、全身が、冷たいのだ。
次に熱さを感じたのは頬だった。ほんの一瞬肩が竦んだけれど、それを合図にするように全身が体温を取り戻していく。頬に触れる手に促され、ゆっくりと顔を上げた。

(……ああ、ここにいる)

漸く、焦点が合った気がする。彼はいつもと同じ笑みを浮かべて、しかしいつもよりずっと穏やかな翠眼であたしを見つめていた。頬に添えられた手は離れていったが、もう一方は未だあたたかにあたしの手を包んでいる。ここにいる。確かに、いるのだ。

(あたしの手が、届く場所に)

頬を滑り落ちた一筋の不安を、彼の指先がすくい取っていく。この手をはなさないと、決めた。






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