(赤星/本編前)





また人が死んだらしい。

「まったく、いやーな世の中よねぇ」

ダングレストで主な活動をしていた商業家の男が、家族と共にカドスの喉笛の辺りで遺体となって発見された。魔物に襲われたのが直接的な死因に繋がったらしく、通りがかりのキャラバン隊が群がっていた魔物を退けた時、既に遺体は損傷だらけだった。
マンタイクへ向かう予定だった彼らは、護衛を雇っていたためか、ろくな武器を持っていなかった。持っていたとしても、まともに戦える者はいなかったろう。

「おりょ、珍しいわね。お前さんが一人でこんなとこにいるなんて」

馴染みの酒場に入ると、見慣れた頭を見つけてレイヴンはホールの隅へと足を向けた。円卓についているのは女が一人。その向かいに腰を下ろし、酒瓶の並べられた机上を眺める。一人で飲んだにしては相当な量だ。

「随分と景気が良さそうじゃなぁい?」

「んー?違うよ、ドンにツケてんのさ。今のうちはすっからかんだからね」

「へ?なんで、最近でっかい仕事引き受けたばっかじゃなかったの?」

えへへ、と素面ならまず見せない満面の笑顔をレイヴンに向け、アカは今開けたばかりのボトルを差し出した。新しいグラスを貰おうとカウンターに振り返れば、彼女は違ぁうと舌足らずに言う。どうやら酌をしろと言いたかったらしい。

「なんだっけ、お前さんが引き受けた仕事」

「でっかい仕事っつったら護衛のほうだろうよ」

「えーと、確か大商人の一家の護衛で、行き先は…どこだっけ?」

酔っ払ったアカが一層上機嫌そうに笑う。

「マンタイク」

「そうそう、マンタ……」

手を打ちかけたレイヴンが、一瞬考え込む仕草をし、それからアカに呆れた目を向ける。その意を察しても、彼女は笑ったままだ。

「……そういうこと」

「うん?」

「またやったんだな」

カドスで見つかった遺体は商人一家のものだけ。傭兵団らしき者の姿はなかった。魔物に襲われた一家、武器は無し、護衛役の死体も無し。となれば、状況は読めてくる。

「ギガント並みのでーっかい魔物が三体も来てさ、一家を囲んだんだ。ちょうど護衛役が前方の安全確認のために離れた時だった」

まるで伝え聞く昔話でもするかのように、手振りを添えながらアカが語り出す。その間に改めて見た彼女の衣服は、大した傷も負った様子はなかった。

「で、護衛役は依頼主を助けるため、捨て身で魔物の群れに飛び込んだ?」

「んなワケないだろう?あの状況でそれをしたら、全員魔物の餌食になるだけさ」

それなら、他の屍を踏んで、一人が生き残ったほうがいいだろう?
アカは終始笑顔で、手にしたグラスの中身を次々に喉へと流し込む。その様はある意味見慣れた光景で、ある意味異常だった。

「まったく…お前さんに責任感ってもんはないのかねぇ」

「なんで?」

数年前から傭兵業を営むアカは、仕事が終わってから、成功報酬を受け取る。前金は無し。そう、どんな相手だろうとも、成功してからでないと金を受け取ることはしない。

「成功してないから金は受け取っちゃいない。金は受け取ってないんだから、うちに責任なんかないだろう?」

アカはいつもそうだ。要人の護衛ですら責任を持たず、敵わぬ相手には立ち向かいもしない。いくら金のためとはいえ、自身の命を懸けはしない。

「だってうちは、自分が一番可愛い」

たとえ他者を犠牲にしようとも。

「誰だってそうだろう?あんただって」

「……」

「うちはまだ、そうじゃない奴に会ったことはないよ」

半分以上入ったボトルを握り、そのまま中身を全て喉の奥に流し込む。空になったそれを音を立てて机上に置くと、同時にアカは立ち上がった。そしてレイヴンを見下ろして今日一番の笑みを浮かべた口は、こんなことを言った。

「じゃ、支払いヨロシク」

「…………へ?」

レイヴンが聞き返した時、彼女の背は既に扉の向こう。やられた。机上に放置された伝票を恨めしく睨み、ガックリと肩を落とした。





024:真っ白なノート
まだ物語は始まらない





ドンにツケる→かわりにドンにこき使われる。なので払わせてみたおちゃめアカさん
【H22/04/04】





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