(赤星/傭兵と犬と姫様)
夕時に宿屋の前に集合することにして、それまでは自由時間となったカプワ・トリムの午後。
仲間たちと別れたアカは、事実上この街を取り仕切っているカウフマンに顔を見せ、その後暇をもて余そうと裏通りに入った。人気はなく活気に満ちた声も遠く、港町特有の潮の香りを乗せた風は心地が良い。暖かな空気は眠気を誘い、日当たりの良い場所を見つけたアカはそこに腰を下ろして、約束の時間になるまで昼寝に耽ることにした。頭の上で腕を組み、緑の上に横たわる。
「おや」
その直後、頭の上から視界を覆うものがあって目を丸くした。
「どうしたんだい?相棒は一緒じゃないみたいだが」
腕を持ち上げ、目の前にある鼻を撫でてやりながら、アカは彼ーーラピードに問う。視界に逆さに映る顔の向こう側に、飼い主である青年の姿はない。
「わうっ!」
「……んー」
残念ながら、いくらアカといえど犬の言葉はわからない。
「お?」
さてどうしたもんかなと他人事気味に考えていると、さして間も置かずにラピードが動いた。横たわったアカの左脇に回ると、寄り添うようにして腰を下ろす。自身の腹の上に乗った頭を見て、アカは苦笑した。
「なんだい、君も昼寝したかったのか」
肯定のようにクゥンと鳴く声が聞こえ、パタパタと振られていた尾が大人しくなる。いつも鋭い光を宿した目が伏せられたのを気配で察して、アカも目を閉じた。
「あぁーーーっ!!」
…閉じたのだが、表通りのほうからやって来た人の気配と、その人物が発した盛大な叫び声に再び瞼を持ち上げざるを得なかった。
「アカずるいです!そんな風にラピードとお昼寝だなんて!」
「……エステル」
言っちゃ悪いが、面倒な相手に見つかった。
エステルはピンク色の髪と花びらのようなスカートの裾を揺らしながら、トテトテと小走り気味に近寄ってくる。腹の上でラピードが鼻を鳴らしたのが聞こえ、また苦笑した。
「なら君もするかい、仲間入り」
「えっ、いいんです?」
「皇帝家御用達のベッドはございませんけど?」
冗談めかして言えば、エステルはブンブンと首を振り、構いません、と声を張る。そしてラピードを挟むようにアカの脇まで歩いてくると、失礼します、と何故か気合いたっぷりに言って腰を下ろした。
しかし、その途端ラピードが立ち上がり、ふいっとそっぽを向いて歩いて行ってしまった。
「ありゃ。まだ早いってことかね」
「…また触らせてもらえませんでした…」
体を起こしてそれを見送ったアカの横で、エステルはガックリと肩を落とす。しかしすぐに顔を上げると、胸の前でグッと拳を握った。
「わたし、負けません!」
023:負けられない
ま、せいぜい頑張っとくれ
【H22/04/03】