(2014.10.16)



窓の向こうで空が赤に染まり始めている。
時間の経過を視覚で確認したリオンは、小さく溜め息を吐きながら肩を竦めた。

今日は朝から何かと忙しい一日だった。東方司令部中が落ち着きなくバタついていたように思う。街中で騒動が起きたと駆り出され、事件の事後処理に走り回り、司令部の中も行ったり来たり。午前中に後にしたっきり戻ることの無かった司令室には、リオンと同じくいつもの面々の姿も無いのだろう。
漸くキリの良いタイミングを得たリオンは、これからすぐに司令室へと戻って帰宅準備に入る予定だった。未だ残った書類が少なからずあるが、期日はまだ先だし、何よりこの後さらに仕事をする気にはなれない。執務室に缶詰め状態で山積みの書類と格闘しているロイには、先ほど挨拶がてら帰宅の許可を貰ってきた(かなり渋ってはいたが)。もう帰る。何が何でも帰るぞ。

ふと後ろを振り返ると、廊下の先から大荷物が歩いてくるのが見える。二段に重ねられた大小の段ボール箱、その上に積まれたいくつもの厚めのファイル。もちろん荷物がひとりでに歩いてくる筈はないのだが、リオンのいる真正面からでは運び手の姿は見えない。しかし、荷物の陰から零れる長い髪の色には覚えがありすぎた。リオンはそちらへ歩み寄ると、前もって許可を得ることなく上に置かれた段ボール箱とファイルらを取り上げる。そこで漸く見えた運び手の姿は、やはり予想通りのものだった。

「器用なことしてるな、姫」
「わ、ありがと、リオン」

空色の眼を丸くしながらこちらを見上げたのは、同僚であるクライサだ。前方がろくに見えないくせに迷いなく真っ直ぐ歩いてくる様は、彼女の(無駄に)自信に溢れた性格をよく表していると思う。
リオンは改めて段ボール箱を抱え直し、上に積まれたファイルが崩れないよう整える。こちらの好意を素直に受け取ったらしく、クライサは遠慮の弁を述べぬままリオンの隣に並んだ。

「司令室まで?」
「うん。あたしのデスクにお願い」

つまり、この少女の仕事はまだまだ続くのだ。段ボールは大して重くはないが書類が入っているようだし、数々のファイルの用途にはあらかた見当がつく。しかし彼女のほうから何も言ってこないということは、リオンに手伝わせる気は無いのだろう。すなわち手の要らぬ仕事だと見た。ならば堂々と帰らせてもらおう。

今日あった様々な出来事に愚痴を零し合いながら歩いていれば、そう時間のかからぬうちに目的地に着く。扉を開けたクライサに続いて入った室内には、予想の通り、他の面々の姿はなかった。

…………の、だが。

「……なぁ、姫。疲れてるのかな、俺」
「疲れてることは肯定しておくけど、『それ』は見間違いじゃないと思うよ」
「だよなぁ……」

確かに朝から働きまくってはいたが、幻覚を見るほど疲れちゃいない。ということはつまり、これは現実なのだ。
リオンのデスクに突っ伏している少年の姿は。

「なんでこんなところで寝てっかなぁ……」

後頭部で三つ編みにされた見事な金髪。同色をした意志の強い眼は今は閉じられた瞼の向こうだ。人目を引く真っ赤なコートの裾が、彼の微かに上下する肩の動きに合わせてゆらゆら揺れている。組んだ腕の上に右頬を乗せた形で、エドワードはがっつり寝入っていた。

「姫、知ってた?」
「うんにゃ。あたしもここには朝から戻ってなかったし、中尉たちからも聞いてない。いつからいたんだろうね?」

そもそも、この少年と弟が今日司令部に来るとは聞いていなかった。数日前の連絡では到着は明日になると言っていたのだが、予定が早まったのだろうか。
それにしたって何故にここで寝るか。司令室に誰もいないとなれば、今日は皆忙しいのだろう、くらいの見当はつけられるエドワードだ。司令部中が慌ただしさに包まれていたこともあり、彼が状況を理解していたことは想像に足りる。何より、ぐっすり寝入るほど疲れているなら宿に戻ればいいだろうに。

「……あ」

ふいに声を上げたのはクライサだ。何事かと振り返ったリオンを見つめたまま、「ああ、うん、そう、そういうこと」と一人で納得した様子である。そのくせリオンの視線が含む疑問には答えようとしない。

「なんだよ、何かわかったなら言えよ」
「んふふ、かーわいいねぇ」

痺れを切らして問うてみてもこんな調子なのだからタチが悪い。立ち尽くすしかないリオンに対して、クライサは自席に運んだ段ボール箱から書類を出したりと自分の作業に戻ってしまった。
しかし、こんなに話声がしているというのにエドワードは一向に目覚める気配がない。本当に疲れているのだなぁ、と内心で呟きながらリオンは手を伸ばした。人差し指の背でそっと撫でた頬はあたたかい。

「ねぇ、リオン」

デスク上に広げた書類やファイルと格闘を始めたクライサが、顔を上げることなく言葉を続けた。

「エドはね、今日、リオンに会いたかったんだよ。たぶん、どうしても」
「なんで」
「だって、リオンのこと大好きだもん。アルももちろんそうだけど、エドはもっともっと」

だからアルに宿取りに行かせて、自分はリオンを待つってふうにしたんじゃないかなぁ。
ころころと少女は笑う。はぁ、と間抜けた声を漏らしてしまったことには目を瞑ってほしい。クライサが漸く与えてくれようとしている答えは、それすらも難解だ。答えなら答えらしく、もっとキッパリスッパリと簡潔に明確に述べてほしいものだが。

「そういうとこ天然だよね、アンタは」
「なんだよソレ」
「今日は何日?」

呆れたように溜め息を吐いて、クライサが顔を上げる。彼女の口から、漸く核心に触れる言葉が零された。

「……」

ぱち、と目を瞬いたリオンは、問いの答えがわからないわけではない。
今日は何日。9月3日。何の日。自分の誕生日だ。別に忘れていたわけではない。だいたい、わけありの記憶力上、忘れられない。
そこまで出ている答えと、この少年がここで寝ている理由が、なかなか繋がらなかっただけなのだ。まさか。だって、そんな。……本当に?

「だから、そういうことだって」

クライサが呆れたような溜め息を混じえて告げた。……そうか。そういうこと、なのか。
リオンは暫しの時間をかけて納得し、それから隣の席から椅子を引っ張ってきた。エドワードの寝顔を眺められる位置に腰を下ろすと、デスクに頬杖をつく。

「……待たせてごめんな」

柔らかな微笑みを浮かべて少年の髪を撫でるリオンに、ふっと笑んだクライサはもう何も言わなかった。







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