(2014.12.28)



どうしてこの人らは年末のクッソ忙しい仕事場でテレビ番組の録画予約に関する喧嘩なんぞをしてくれているのか、とリオンたちは思った。

「あたしがどれだけこの番組が好きか、お兄ちゃんならわかってるでしょうが!!」
「わかっている!わかっているが、私はこっちの番組が観たいんだ!」
「あたしはコレ諦めた!だからお兄ちゃんも譲ってくれたっていいでしょ!?」
「私もこれは諦めただろう!今度は君が譲る番だ!」

司令官殿のデスクの上には年末年始のテレビ番組が表にされた雑誌が広げられ、山と積まれた書類は脇に下ろされている。氷の錬金術師殿のデスクにこれでもかと積まれている書類も、片付ける気はさらさらないと言うように、その存在感をありありと示していた。

「ねぇちょっとリオン!この人ひどくない!?」
「なっ、私は正当な意見を述べているだけだろう!譲り合いに頷かないのは君のほうだ!!」
「譲り合いも何も、普段はお兄ちゃんが録画予約権の大半を握ってるでしょ!?あたしが観たいって言うものくらい録ってくれたっていいじゃん!!」
「それは私が観たい番組が多くて君が観たい番組が少ないだけの話だろう!リオン、君は私の味方だな!?」
「あたしの意見に賛成だよね、リオン!?」

……これだから、この兄妹の喧嘩は困るのだ。
リオンは額に手を当てて天を仰ぐ。しかしその後ろで、ハボックやブレダたちは安堵の息を吐いていた。この兄妹喧嘩による流れ弾は、その向かう先がリオンでないと容赦なく撃ち抜かれる危険性がある。特にフュリーやファルマンが巻き込まれた場合、まず間違いなく彼らは犠牲者となる。その点、リオンは流れ弾を打ち返したり受け流すことに長けているから安心だ。

「……大佐、大人げない」

呆れ混じりにリオンが呟くと、ロイが「うっ」と呻いて胸に手を当てた。見えない矢が突き刺さったらしい。

「だいたいあんた、普段録ってる番組もほとんど観てないんだろ。観ないもん録ったって仕方ねぇだろうが。姫のほうは本当に好きで何度も観返してるの知ってるからな。姫に譲ったほうが有意義だと思うよ」
「いや、でもな、私だって……」
「それに、あんたは色んなものに手ぇ出しすぎ。そんなに録ってどうすんの」
「そりゃあ観たいから……」
「つーか、テレビ観る暇あるなら働け」

優しげに細められた目が真っ直ぐロイに向けられる。柔らかく上がった口角。完璧な微笑で告げられた冷たい言葉が彼の胸を貫いた。
だがしかし、さすがは東方司令部司令官、未だ首を縦に振らない。しぶとい。

「……もういい」

が、ついにクライサが折れた。静かに、堪えるように呟くと、持っていた万年筆を雑誌の上に置く。お兄ちゃんの好きにしたらいいじゃない。言いつつロイに背を向け、右手の袖でそっと目元を拭った。
……その目が濡れていなかったことは、彼女に背を向けられたロイ以外の全員が気付いている。しかもその唇が笑みに歪んでいることにも、残念ながら気付いてしまった。女って怖い。

「ちょ、待ってくれクライサ!」

無視である。やたら泣き真似をするでもなく、俯かせた顔を上げることなく、クライサは兄に背を向けたまま黙っている。
普段キャンキャン喧しい少女が、押し黙って怒りを形にしない姿は、(おそらく彼女の狙い通り)兄に動揺を与えた。慌てふためいたロイはクライサの肩を掴み、強引にならぬよう気遣いながら振り返らせる。伏し目がちの空色に、ロイの眉尻が下がった。

ちょろいな。

その様子を見ていた、彼の直属の部下たちの目が揃って白くなる。しかしロイはそんな部下たちに気付かず、妹の小柄な身体をそっと抱きしめた。

「……わかった。私が譲る。君のしたいようにしなさい」
「……いいよ、別に。あたしだってそんな……どうしても、観たいわけじゃないし」
「意地を張らなくていい。……どうしても観たいんだろう。以前観逃した時、三日以上引きずっていたじゃないか」
「でも……」
「いいんだ。……リオンに言われたからではないが、確かに、私にはやるべきことがたくさんあるからな。以前に録画したものでさえ溜め込んでいるのに、これ以上増やすわけにもいくまい。君が気にすることは何もないよ」
「……ありがとう、お兄ちゃん」

だいすき。
消え入りそうに小さな声で言うと、自身を抱きしめる腕をきゅうと握る。最愛の妹にそんなことをされた兄はゆるゆるに弛んだ至福顔で天を仰いだ。もちろん部下たちはドン引きである。彼の視界の外ではクライサが極悪顔で笑んでいる。リオンたちにとっては予想通りであったが、やはりその邪悪さには背筋を凍らせるものがあった。

もういっそ、シスコンならシスコンらしく、はじめからクライサに逆らうのをやめたらどうだろうか。
リオンは密かに考えたが、おそらく無理だろうなとすぐさま諦める。この先何度も遭遇するであろう、傍迷惑な兄妹喧嘩を思って深い溜め息を吐いた。







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