「………何?」
深い溜め息を吐き出しつつ、右足に縋りつく男を見下ろした。
もう一方の足で踏みつけようが引き摺ろうが離れようとしないので、半ば諦めながら口にした疑問である。
こちらを見上げるティキは情けない顔で、涙すら浮かべて口を開いた。
「なあ、頼むから助けてくれよ」
半分泣きながらの訴え。彼から視線を上げ、大きなテーブルに積み上げられた本の向こうにいる人物へと目を向けた。羽ペンを片手に持った少女は、広げた本ではなくこちらに視線を送っている。もう一度足元を見下ろす。
「もうオレ嫌だよお嬢ちゃん…ロードの宿題の手伝い、代わって…」
「またぁ?この間手伝ったばっかじゃん」
本の山の間から覗く顔は笑っている。普通、泣き出しそうに歪むべきは彼女の顔のほうではなかろうか。
右足に頬擦りを始めた男の顎を蹴り飛ばして、テーブルへと歩み出しながらまた溜め息をついた。
「また山ほど宿題出されたの。クライサ手伝ってぇ」
「どんだけスパルタな学校なのさ」
山の一番上に置かれた本を手に取り広げてみた。内容はそれほど難しいものではなく、貼られた付箋が示す宿題の範囲も大した量ではない。ただ、積まれた本の数を考えれば、確かに一人で片付けるには相当の時間がかかるだろう。
「これ全部明日まででさぁ、クライサだけが頼りなんだよ」
「えー?」
蹴られた顎を押さえて悶えている男に目を向ける。まあ、学無しである彼では、確かに勉強面では全く戦力にならないだろう。
甘い物を貪り食っている大男や、銃口向け合ってギャーギャーヒヒッとやっている双子もしかり。
「……報酬は?」
「キャンディー三ヶ月分とかどぉ?」
「んー…ま、いいっしょ。でもあたし、千年公に呼ばれてたんだけどさ」
「ならオレが代わりに話聞いてきてやるよ!」
素早く立ち上がったティキが慌ただしく出ていった。野郎、逃げやがったな。恨みがましくその背を見送り、ロードの隣の席に腰を下ろす。
しかし量が多い。本気を出さないと今日中に終わる気配も無さそうだ。
「面倒くさいなぁ…」
後でティキに八つ当たろう。
拒否不可能の決定をして、手渡された本を開いた。
(さすがあたし、何とか今日中に終わりました)
【H21/03/27】