暖かな日差し、過ごしやすい空気、静かな通り。
先日の任務でイノセンスである氷釧(コールド・ブレス)を壊してしまったあたしは、日頃戦闘ばかりだからせっかくだし息抜きに行って来いと教団を追い出された。
今日も仕事に追われているだろう他のエクソシストたちや科学班の皆には悪いと思うが、せっかくの好意だ、有り難く休養をとらせてもらおう。
そう思ってヨーロッパのとある街を訪れた(息抜きついでに少し調べ物をしようと思って。この街の図書館は蔵書量が半端でない)。

そこまではいい。問題は、目の前にいる人物と、この状況。





なりゆきデェト





街に着いたのは昼過ぎで、調べ物に取りかかる前に少し遅めの昼食にしようと、目についたカフェに入った。
せっかくいい天気なのだからと日当たりの良い外の席に腰を下ろし、最近買ってお気に入りになった上着を椅子の背もたれに掛ける。ハンドバックは腰の後ろに。そしてメニューに手を伸ばし、オススメらしいカルボナーラを頼む。それが来るのを待つ間、右側に位置する通りを眺めていると、見慣れた天パが視界に入ったのだ。

「なんであたし、ノアと食事してるんだろ」

「いやー悪いね、オレ今無一文でさー」

「奢るなんて言ってないし」

テーブルを挟んだ向こう側でピラフやらパスタやらをがっついているのは、他でもない、ノアの一族の一員であるティキ・ミック卿。
ワイシャツにスラックスというラフな服装+瓶底眼鏡で一瞬誰かわからなかったが、こちらに気付いた彼があたしの向かいに腰を下ろすと同時に理解した。
許可なく席に着き、許可なくメニューを開き、許可なく注文し、許可なく食べている。さて、どうしてくれようか。

(……ま、いっか)

面倒だし。
今すぐ席を立てと言うのも億劫だし(と言うかあまりに食べっぷりが良いので帰れと告げるのが躊躇われる)、代金を自分で払えと言ってもしょうがなさそうだし(無一文とか言ってたし)、こちらを攻撃する様子も無さそうだし、ほっとくことにした。
ら、食事の手を止めた彼が不思議そうな目でこちらを見た。どうやら、何事もなく食事を再開したあたしに些か感心しているらしい。

「攻撃して来ないんだ?」

「残念ながら、今のあたしはエクソシストじゃないから」

そう言ってイノセンスという名の枷をしていない右手を振ると、彼は楽しそうに笑った(いや、満足そうに?よくわからない笑顔だ)。

「奇遇だな。オレも今は、ノアじゃないんだ」

だから、一時休戦な。
こちらを見ていた視線を外し、かと思えばグラスに手を伸ばした。やはり許可なく頼んだアイスコーヒーを、ストローでちまちま飲んでいる姿に無意識に笑みが零れる。中身が氷だけになると、ずぞぞっと響く音に笑みが深くなった(もちろん、無意識)。
そんな姿はどこからどう見ても普通の人間で、ついでに言えば彼の額にあの聖痕は見当たらず肌も白い。
ああ、ノアにも人間バージョンとかあるんだ。ぼんやりと頭の淵で考えて、用途の無くなったフォークを置いた。
グラス半分ほど残っていたオレンジジュースに手を伸ばす。しかしその手は目的の物に触れることなく、テーブルの上で空振りした。

「あ」

持ち上がったグラス。それを持つのは骨張った大きな手。赤いラインのストローに、男の唇が触れた。

一時休戦?知ったことか。
氷を残し、空になったグラスがテーブルに戻ると同時に、端正な顔に拳がめり込む。
男が椅子ごと地面に倒れたのを確認することなく、上着とハンドバックを手に店内に戻った。会計を済ませたら、次は図書館に向かわねば。

ああ、何だか時間を無駄にしてしまった気がするが、気のせいだろうか。





(ありえない!人のオレンジジュース勝手に飲み干すなんて!!)
(そっちか)






【H20/11/07】





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