拝啓、父上様、母上様(いや、もういないのは知ってますけれども)
あなた方の娘は、今日も元気に頑張っています。





サヨナラ三角





……ええ、頑張っていますともさ。

「逃げるなよ、おチビちゃん」

「逃げるに決まってらぁ!っつーかチビって言うなぁぁああぁ!!!!」

任務中に出会った紳士なお兄さんに、物凄い笑顔で追いかけられても。
ああ畜生!どうして全力で走ってんのに逃げ切れないのさ!相手は優雅に歩いていやがるのに!

振り切ったと思って角を曲がれば、前にあるのは彼の姿。引き返して別の道を選んでも、やはり進んだ先にはあの男が待ち構えている。

(ラビの馬鹿!すぐ戻るって言ったくせに!!)

彼の名はティキ・ミック。我らエクソシストの敵たるノアの一族の者だ。顔を合わせれば戦闘は避けられないような間柄。
なのに、彼があたしを追うのは、恐らく殺害のためじゃない。

人気のない路地に入り、左右に分かれた道の片方を選んで走り続ける。そして、後悔した。

(しまった……!)

残念ながら、その先に道は無かった。目の前に立ち塞がるのは、飛び越えるには高過ぎる壁。建物に囲まれたこの空間に、逃げ道は無い。

「やっと追い付いた」

引き返すにはもう遅い。振り向いた先には、既にティキの姿。態とらしく溜め息なんかつきやがって(その気になれば、捕まえるのなんて朝飯前のくせに!)

「そんなに必死になって逃げるなんてヒデェな。おチビちゃん、俺のこと嫌い?」

「もはや好きとか嫌いとかいう次元にないです」

「それ普通に傷付くぞ」

殊更時間をかけて、ゆっくりと歩み寄ってくる彼。何とか奴の気を逸らして逃げる方法を考えても、脳内に浮かぶそれに実用的なものは無い。
さあ、どうしましょう?相手に殺す気は無さそうだけど、ここまで追い詰められた理由はロクなものではなさそうだ。

と、

「何も捕って喰おうってわけじゃないんだから、少しくらい……っと?」

彼の頬に、そしてあたしの鼻先に落ちた水の玉。ああそういえば、今日は雨が降るって言われてたっけ。

(っていうかチャンス!)

空を見上げた彼の隙をついて、右腕に装備したイノセンスを発動した。すぐに気付いた彼があたしのほうを向いたけど、残念、こちらの動きが速い。
氷釧(コールド・ブレス)を纏った右の掌を足元につき、辺り一帯の地面を凍らせると、直ぐ様次の行動に移った。

「うおっ!?」

「こんな鬼ごっこはもうお断りだかんね!」

足元の滑りを利用して、スケートのような動きで彼の横を通り抜ける。氷の扱いに慣れたあたしと違い、彼は突然変化した地面に動きがついていかない。イノセンスにより生み出した氷だから、当然通過は出来ないのだ。
彼が尻餅をついている間に遠く離れ、氷の無い地面に辿り着くと、そこで漸く振り返った。

「サヨナラ、似非紳士さん」

「またの機会にな、おチビちゃん」

「次チビって言ったらブッ飛ばすぞコノヤロウ」

本格的に降り出した雨。びしょ濡れになる前にラビと合流しなくては!
雨の滴っている色男は、微笑みながら、あたしを見送った。
次会う時は、戦場で、かな?





人を別つは雨という
(やっぱ楽しいよね、逃げる子猫を追うのって)
(こーの鬼畜紳士ぃ!!)






【H20/07/12】





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