(合縁/神田)





足を組み、目を伏せて、意識を集中する。
古宿の狭い部屋での精神統一は、壁の薄さ故に他からの声が聞こえてけして容易ではない。それでも、自身にとっては難しくもないことを、神田はとうに知っていた。
だが。


とすっ。


「……」

突然背後にいた人物が寄りかかってきては、せっかくの集中が切れてしまうのも仕方ない。

「おい」

低く声をかけても、背後の少女は反応しなかった。眠っているようだ。少々身動いで首だけで振り返ってみれば、開かれたままの書物がその足の上に置かれ、それを持っていた筈の両手が床に投げ出されているのが肩越しに見えた。

どこぞのモヤシ並みに気に食わない相手と組まされて向かった任務を終え、教団に戻るには遅い時間だからと宿をとり、背中を向け合って各々自由に時間を過ごし始めて三十分。
分厚い本を読んでいたクライサは、疲れていたのか、今も神田の背中に体重を預けて眠っている。彼としては舌打ちせずにはいられない。ああ、だからこんな狭い部屋を借りるのは嫌だったのだ。ここ一室しか空いていなかったとはいえ、気に入らない人間と一緒に夜を明かさねばならないなんて。

人の気配に敏感な筈の少女は、しかし声をかけても体を揺らしても一向に目覚める様子が無い。珍しい。任務続きだと愚痴っていたから、よほど疲れていたのだろう。
……だとしても、今神田が立ち上がり、眠る彼女が床に後頭部を強打することになれば、さすがのクライサも目覚めるだろう。いいことを思い付いた、とそれを実行に移そうとした神田は、あることに気付いて前に向き直った。

「……ちっ」

このままの体勢でいても、それほど悪くはないかもしれない。そんなことを思うぐらいには、背中から伝わる温もりが心地良いと思ってしまった。
肩に届かないくらいの位置に少女の頭があり、寝息に合わせて小さく揺れる。規則正しい緩やかな振動も、どこか列車の揺れにも似て眠気を誘うように心地良い。

馬鹿馬鹿しい、と思って背を離そうとする。しかし小さく声を漏らした少女が身動ぐのを感じて、無意識に動きを止めて様子を伺ってしまう自分に気付き、舌打ちのかわりに溜め息をついた。らしくない。調子が狂う。…………仕方ない。
全てこの宿屋が悪いのだと決めて、少女が眠っている間だけは背中を貸してやることにした。





018:背中合わせ
安らかな夢を、ほんの一時だけ





たまには喧嘩だってお休みしたい
【H21/11/08】





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