(麻倉と総司+α)
一番組の隊士たちを率いて巡察に出た日のことだった。
「麻倉様!」
いつものように総司の半歩後ろを歩いていると、可愛らしい少女の声があたしを呼んだ。そちらへ目を向ければ、道の端に寄った人々の中に、千鶴と同じか少し幼いくらいの女の子がいた。
その子が駆けてくるので、あたしは足を止め、一度総司に伺いを立てる。彼が目で頷くのを確認してから、何やら一生懸命な表情をした少女に向き直った。
「こんにちは。どうかしたの?」
「あの……これ、受け取ってください!」
と、叩きつけんばかりの勢いで差し出されたのは、桃色の布でできた袋。蝶々結びにされた紐が可愛らしい。
「?ありがとう」
「……っ!し、失礼します!!」
くれると言うならとりあえず断る理由もないので受け取ると、少女はよほど嬉しかったのか、薄く染まった頬を更に赤らめてからまた勢いよく頭を下げ、逃げるように駆けていった。
少女の姿はすぐに見えなくなってしまったけど、今のやりとりを見ていた人々や隊士たちがやたらざわめいているので、あたしは少し居心地が悪くなる。巡察放棄して先に帰ろうかな、なんて思っていると、それまで黙っていた総司が面白そうに口を開いた。
「ふぅん。君も意外とやるんだね」
「へ?」
「さ、巡察を再開しようか。あまり遅くなって、鬼の副長さんに叱られるのも面倒だし」
「あ、ちょっと待ってよ総司!」
『意外と』何をやると言うんだ。
彼の言葉が気になったあたしは、再び隊士を率いて歩き出した組長の後を追う。
「何、なんか知ってるの?」
「あれ。もしかして、クライサちゃんの世界には無いのかな」
総司だけに聞こえるように問えば、彼もまた同じように返してくれる。あたしの世界には無い、とは。これが何か特別な意味を持っているというのだろうか。
「今日は何日?」
「え?……2月14日?」
「今日はね、バレンタインの日っていうんだ」
……………は?
「あれ、やっぱり知らない?この国ではね、バレンタインの日に女の子が好きな男の子にチョコをあげるんだよ。ああ、チョコっていうのはお菓子でね、茶色くて甘いんだ。あの子が君に渡したのがそうだと思うよ。…クライサちゃん?」
「いや、何からツッコもうかと思って…」
バレンタインあんのかよこの世界。いや、この国、と言うべきか?そもそもチョコが流通しているとは。まさかここでもチョコレート会社の陰謀が?
「……っていうか、まさかあたしを男だと思ってる人が、この街にいるとはなぁ…」
「君、なんのために男装してるか忘れてない?」
それで、僕にはくれないの?
(え、なんで?)
(なんでって……)