(アカとユーリ)
世間一般でバレンタインデーと呼ばれる今日でも、ダングレストは変わらず酒や戦いの匂い、喧騒に包まれている。……まぁ、この街がチョコの甘い匂いでいっぱいになっていても嫌だが。二重の意味で。
「おや、珍しい」
『天を射る重星』を出たところで見かけた姿に、驚きを含ませぬまま声をかける。こちらを向いた青年もまた、やはり驚いた様子はなく口に笑みを浮かべた。
「君が一人でこんなところにいるなんてね」
「ちと買い出しにな。お前こそ、こんな昼間っから酒か?」
この街特有の黄昏時の空ではわかりにくいが、確かに今は彼の言う通り真っ昼間だ。そんな時間から酒場に入り浸っている姿は、若い女にはとてもじゃないが似つかわしくないだろう。まぁ、アカにとってはどうでもいいことなのだが。
「いんや。ちょっとした仕事をしてただけさ」
「ふーん?」
「なんだい、胡散臭そうな顔して。ほんとだよ。うちの情報が欲しいっつー奴と、酒場で会うことになってたのさ」
「はは、別に疑っちゃいねぇよ」
「どうだかね。で?君の買い出しってのは?」
「ああ、今日という日に相応しいものを買いにな」
「と、いうと?」
「用意してた分じゃ足りないみたいなんだよ。どっかの天才様が何度も失敗するからな」
「……ああ」
なるほど。キッチンという戦場で壮絶なバトルを繰り広げている女性陣に代わり、ユーリが買い出しにやってきたわけか。そして買うものがものだから、甘いものも匂いも嫌がるレイヴンとラピードはついて来なかった、と。するとカロルは女性陣に付き合わされているほうだろうか。
「君は指導係じゃないのかい?」
「ジュディが教えてるから大丈夫だろ」
「なるほど」
「暇なら一緒に来るか?」
「その甘い匂いがとれたら行ってやるよ」
言うと、ユーリは目を瞬き、それから腕を上げて袖口をすんと嗅ぐ。
「…ダメだ。長いことあの中にいたからな、マヒしてるわ」
「ラピードがついて来ないわけだ。自分じゃわからんだろうが、結構染み付いてるよ。へたにうろつかないで、用が済んだらさっさと戻るべきだね」
「へいへい」
「じゃ、うちはユニオンに用があるから」
「ああ。またな」
「……ああ、そうだ」
彼に背を向け、歩き出した足を二歩で止める。そして振り返りざまに懐から取り出したものを投げれば、ユーリは容易くそれを受け止めた。
「なんだ?」
「さっき、報酬のおまけにもらったんだ」
手の中に収まる小さな粒。彼曰わく『今日という日に相応しいもの』。正直、アカには必要ないものだ。
「捨てようと思ってたもんだ。遠慮しないで受け取っときな」
「……なんか、嫌な予感がするんだけど?」
「なんだい、せっかくのうちからのプレゼントを」
「捨てる気満々だったんだろ?」
「捨ててないんだから同じことだよ」
再びユーリに背を向けて、アカは今度こそ歩いていく。それを見送った彼は、その包装に目を落とし、やれやれと肩を竦めて苦笑した。
『三倍返し』のメッセージ
まったく、あいつらしいよ