(FA後)





二人で旅に出るにあたり、エドとあたしの間で定めた決まりがいくつかある。
その中のひとつが、一つの町や村に滞在する期間は三日、というものだ。
もちろん、それは目安であって前後することもある。興味深い資料があったり住人と仲良くなったり、あるいはあたしたちのどちらかが体調を崩せば滞在期間は長くなるし、反対に急ぐ用事が出来たり例えば危険を感じるようなことがあれば、期間は短くなる。

今回滞在した村は前者で、あたしたちは既に四回、ここで夜を明かしていた。
小さな国に比例するように小規模な村で、住民は皆顔見知り。観光客の来るような名所もないので必然的に宿屋はなく、あたしたちが目的地を定めずに旅していることを話せば、村長一家が珍しがりながらも快く自宅を宿にと提供してくれた。
一日目はとにかく慌ただしくこちらをもてなしてくれたけれど、二日目以降はあたしも家事を手伝うようになり、エドは農作業を手伝って村長一家と更に仲良くなり、滞在期間がじわじわ延びている、というわけだ。

そして、五日目。朝特有のドタバタ感を乗り切って一息ついた頃、あたしは村長さんにキッチンを借りると許可を貰ってから、昨日のうちにお店で買っておいた板チョコを冷蔵庫から出した。
今日は2月14日。アメストリスではバレンタインデーと呼ばれ、お兄ちゃんと暮らすようになってからは毎年司令部のみんなにチョコを作ったものだ。

「あら、チョコレートなんて買ってきてたのね。何かデザートでも作るの?」

「うん、バレンタインのプレゼントをね」

「バレンタインの…?」

不思議そうに首を捻った村長さんに、確信する。もしかしたらとは思ってたけど、やっぱりこの国でのバレンタインは風習が違うようだ。アメストリスでは、バレンタインといえばチョコレート、というのがお決まりだったんだけど。

「あたしたちの国ではね、女性が好きな男性にチョコをプレゼントするんだよ。普段お世話になってる人にもあげたりするんだけどね」

「そうなの…チョコってところがなんだか可愛らしいわね」

「村長さんたちにもあげるね!美味しく出来るかわからないけど」

「あら、ありがとう。……ふふ、私たちにも、ってことは、本当に渡したい相手がいるってことよね?」

「う、」

……別に隠してないし隠すつもりもないけど、含み笑いで言われれば恥ずかしいもんです。
乗じるようにして村長さんの子ども達二人がニヤニヤしながら見上げてくるので、板チョコの端を小さく割って渡してやると、上機嫌でさっさと走り去っていった。ちょろいぜ。

「ところで、この国のバレンタインはどんな感じなの?」

細かく砕いたチョコをボウルに入れ、湯煎にかけながらふと疑問を。そういえばこっちの風習を聞いていなかった。
あたしの作業を眺めていた村長さんが、また先程のように含み笑う。…まったく、おばちゃま連中は小娘をいじるのが楽しくて仕方ないみたいで困ったものです。

「この辺ではね、男性から贈り物をするのが普通なのよ」

「へぇ、あたしたちとは逆なんだ」

「それに、贈る物はチョコじゃなくてね……そうね、もしかしたらあの子が、」

「え?」

「ううん、何でもないわ」

何でもない顔じゃないです。
男性が何を贈るんだ。問いを重ねても村長さんは答えをくれず、明日になってもわからなければ教えてやる、と笑みを残して仕事に行ってしまった。





その夜。
村長さんの旦那さんや兄弟、息子たちが畑仕事から帰ってくると、家の中は途端に賑やかになる。あたしと、彼らの手伝いをしていたエドが混じれば、夕食の席は更に騒がしくなり、すっかり家族の一員にしてもらったあたしたちは嬉しさに互いに顔を見合わせて笑った。
夕食の後、一息ついている皆に作っておいたチョコを手渡して、村長さんにしたようにアメストリスのバレンタインを説明して世話になっているお礼を言えば、こちらこそと逆に皆からお礼を言われてはにかんだ。ついでにかけられたからかいの声は無視だ。微笑ましそうな視線に睨みを返しつつ(無意味だろうけど)、エドの手を引いて二階に上がり、二人で使わせてもらっている客室に戻ってまず一息。

「エド、いつもありがとう。これからもよろしくね」

他のものより少しばかり気合いを入れた、恥ずかしながらハート型のチョコレート。綺麗にラッピング出来たそれをエドは受け取ってくれたけど、直後、笑顔が消えた。

「……クライサ。ちょっと座ってくれ」

「え?」

真剣な表情に不安に駆られるも、テーブルにチョコを置いたエドが床に腰を下ろしながらあたしの腕を引くので、とりあえず応じることにする。ベッドも椅子もあるというのに何故か床の上、向かい合わせで座った二人。ちょっと間の抜けたふうに見える状況だが、エドの顔はいたって真剣で、あたしは口を開くのを躊躇った。

「「…………」」

だというのに、エドのほうも何かを言う様子はなくーーいや、言いたそうではあるが躊躇っているようで、口を真一文字にしたままあたしを見つめている。
居たたまれなくて顔を俯けた時、膝の上で握り締めていたあたしの手に、エドの伸ばした手が触れる。左手。胸の高さまで持ち上げられたそれを、意図を読めずに眺めていると、エドが上着の内側から何か取り出すのが見えた。

「それ…」

磨き上げられた銀色。あたしの声に返すかわりに、エドの指がそれを、あたしの左手、その薬指に通す。シンプルなシルバーリング。

「……その顔だと、こっちでのバレンタインの風習、知らないだろ」

「う、だって、村長さんが教えてくれなかったんだもん。男のほうから贈り物するってことしか」

顔を上げられない。あたしの手を握ったままのエドの右手。もう一方の手が重ねられ、指先がリングをなぞる。

「そ、この国では男のほうから女に贈り物をするんだ。アメストリスみたいにチョコじゃなくて……指輪を」

「……」

「バレンタインは…この日は、男が好きな相手にプロポーズする日なんだよ」

……ここまで言われて、意図が読めないほど鈍くはない。
意を決して見上げたエドの顔は赤く染まっていて、あたしだけでなかったことに少しだけ安堵する。金色の瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、指輪をした手を強く握られた。クライサ。確かめるように呼ばれた名前に、頷く。

「一生、オレの隣にいろ」

黙ってついて来いと告げた時と同じ、真剣な眼差しと力強い声を、どうして否定できようか。潤んだ視界の向こうで、エドが微笑む。拭う間もなく、涙が頬を伝って零れていった。
それでも、あたしの顔に浮かぶのは、笑み以外の何ものでもない。

「幸せにしてください」





ハッピーバレンタイン!





嬉しそうに笑ったエドが、あたしの額にキスをした。




(んだよ、ベタなプロポーズシーンだな)

(台無しだよリオこの野郎)

(俺ならもっと気の利いたプロポーズしてやれるね。な、リィ?)

(ちょ、急にこっちに振らないでよ…!)

(よしわかった、そのシーンぶち壊してやる)

(むしろ今すぐリオぶちのめす)

(物騒な夫婦だなオイ)

(ふう…!!)

(や、あの…ま、まだ夫婦とかじゃないんで!!)

(え、ちょっ…ここまできてまだそんなウブなの、あんたたち!?)










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