「まず、本編の進展的に恋愛関係に至ってないうちらに甘々なバレンタインネタを期待するのが根本的な間違いだと思うわけだ」
直径2cmほどの大きさのチョコレート。簡単にラッピングされたそれを10個積んだ小さな籠。それを置かれたテーブルを挟み、向かい合わせに二つ設置された椅子の一方に座るアカが、珍しく不機嫌な口調でそう零した。
ラッピングを外したチョコをひとつ、口の中で転がしながら、もう一方の椅子に腰掛けたユーリが相槌を打つ。
「なのに『本命チョコは手作りじゃなきゃダメなんです!』だの『あんたも一応夢主なんだからお相手にチョコくらい作ってやりなさいよ』だの『やっぱり女の子はこういうイベントを大事にするべきだと思うの』だの『深海より深い愛のこもったチョコをユーリに渡すのじゃ!』だのと女子どもが詰め寄ってくるし、しまいにゃ調理場に監禁されるし」
「お前エステルたちの真似上手いな」
「ありがとう」
まったく、散々だった。
朝から繰り広げられた攻防を思い出し、アカは深々と溜め息を吐く。何しろリタの後押しを得た姫君の勢いが半端でなかった。加えてパティのわけのわからないハイテンション。面白いことになりそうだとでも予感したのか、ジュディスの笑顔の圧力。この女性陣に逆らうことは死に繋がる、とアカに直感させた。
「ただでさえ甘い匂いが充満した調理場から出してもらえなくて若干状態異常気味だったってのに、やれ試食だ、やれ試食だ、やれ試食だと…」
「試食してばっかじゃねぇか」
「おかげさまでパラライ三本、ポイズン二本、ウィーク四本、ストーン二本とライフボトル一本のお世話になったよ…」
「エステルの回復は」
「姫様、ご自分のチョコの試食にご執心でね…」
「そうか……ボトル類の買い足しはエステルにやらせような」
そんな多大な苦労をして作り上げたのが、今このテーブルに乗っているチョコだ。一つ目を嚥下した際に『美味い』と評価をいただいたため、今更味に対して不安を抱きはしない。むしろ気に入った様子で何度も口に運んでいる姿を目の前で見ているのだ、不安など感じるわけがない。好きな相手に手渡す時のドキドキ感、皆無。うん。
「……あれ。そういえば君、他の子たちからチョコ貰ってないのかい?」
「ああ。昨日の時点でエステルから『ユーリにはアカからのチョコが届けられた後に渡しますから!』って微笑ましそうに言われた」
「いらんわそんな気遣い」
「今頃リタあたりがおっさん追いかけ回してんじゃねぇか、嫌がらせで。大変だな、甘いもん嫌いは」
「まったくだよ…毎年このイベントはうちに関係ないものとして流してたってのに。好きな人に手作りチョコ渡してキャッキャウフフなんざ、他の夢主陣に任せりゃいいじゃないか」
「確かに、微笑ましい感じとかやきもきする感じは、成人した男女にはそうそう出せねぇよな」
最後のひとつを飲み下してからユーリが席を立つ。テーブルに突っ伏していたアカの視線が彼を追う。
でも、ま。
呟いたユーリの伸ばした手のひらが、アカの頭をくしゃりと撫でた。
「オレは嬉しかったけどな」
一杯やるか、なんて言いながらグラスの並ぶ棚に足を向けたユーリ。その背中を見送ることもなく、アカは再びテーブルへと突っ伏した。ああ、もう、まったく。
「今の笑顔は反則だろう」
(安酒だけどいいよな?来月にはちゃんとそれなりの酒お返ししてやるから)
(……おー)
(ん?なに、照れてんのか?)
(うるさいよこの美人。いいからさっさとグラスよこしな)