少しばかり厄介事が続いてしまい、寮に帰る暇を見失って仮眠室で夜を明かした、翌日。
壁に掛かったカレンダーを眺めて、ああそういえば今日は向こうの世界ではバレンタインデーだったなと、さして興味の湧かないイベント名を脳裏に浮かべてすぐに消し去り、仮眠室を出た。

「ハッピーバレンタイン!」

そんな声がかけられたのは、司令室に向かう廊下、背後から。声の主は、率先してチョコを配る姿が容易に想像出来そうな氷の錬金術師殿ではなく、先日から長旅の疲れを癒やしにイーストシティに滞在している鋼の兄弟だった。



『バレンタインデー【St.Valentine's day】
(聖バレンタインは269年頃殉教死したローマの司祭)2月14日。聖バレンタインの記念日。この日に愛する人に(特に女性から男性に)贈り物をする。日本では1958年頃より流行』(広辞苑より)



この世界と俺の世界とではバレンタインの意味が違うらしい。主にチョコレートを女性から男性に贈る日本の風習を話してやると、兄弟のうち兄のほう、エドワードが顔を真っ赤にした。

「べっ!別にオレはそんなつもりじゃ!!」

「だろうな。わかってるから落ち着け」

廊下で声をかけられて振り返った時、この兄弟は一本ずつ花をこちらに差し出していたのだ。鮮やかな黄色。造花ながら可憐なそれを反射的に受け取り、ありがとうと礼まで言った後、俺のぱっとしない反応に兄弟は首を傾げた。
その後、司令室に顔を出すと同時に大佐に許可を取って、兄弟と共に中庭に向かい、俺の世界、いや国でのバレンタインデーの意味を話して、今に至る。

「オオオレは、単にいつも世話になってるから、その礼を込めてっていうか、」

「ちょっと落ち着いてよ兄さん…リオンわかってるって言ってるじゃないか」

「いいいつも忙しそうにしてるから、お疲れさまって意味を込めてだな、」

「(暫くほっとくか)…で、こっちの世界、少なくともこの国では、日頃世話になってる相手に感謝の気持ちと一緒に贈り物をする日なんだな」

「そうそう。ただ、リオンの欲しいものがわからなくて…一番オーソドックスな花、になっちゃったんだけど」

要するに、日本で言うチョコレートが、この国では花ということらしい。
出来ればリオンが欲しいものをあげたかったんだけど、と苦笑気味に言うアルフォンスに首を振った。

「いや、嬉しいよ。ありがとう」

先ほど司令室に顔を出した際、アルフォンスがバレンタインの贈り物だと言ってホークアイ中尉に菓子箱を渡しているのを見た。それに大佐やハボックたちが礼を言うのも聞いた。
自然と笑みが零れる。司令室の一員としてそれに含めても良かった筈なのに、この二人は『俺』に対して贈り物をしようと悩んでくれたのだ。

「デスクに飾る。大切にするよ。ありがとな」

「……へへ」

立ち上がって漸く届くようになった、アルフォンスの頭を撫でてやる。照れくさそうな笑い声を聞いてから、未だ顔を赤くしているエドワードの頭に手を乗せた。

「ごめんな、俺のほうからは何もなくて。お前らさえ良ければ、これから用意するけど」

「……もう貰った」

「は?」

「うん。そうだね、兄さん」

何も渡した覚えがないんだが。俺が戸惑っている間に、エドワードは頭に乗せた手を左手で握り、ぶんぶんと上下に振ってから放した。

「ほら、司令室戻ろうぜ。あんまりリオン借りてると大佐がうるせぇし」

「あ、おい、」

「行こう、リオン」

「ちょっと待てって、貰ったって何を…」





「笑顔を貰った、なんて…んな恥ずかしいこと言えるわけないだろ!」





(リオンの笑顔ってなんか癒されるよね…)

(確かに。安心するよな)

(大佐やハボック少尉たちの話だとすごく珍しいんだって、リオンが笑うの)

(……オレたち、もしかしてすげぇ得してる?)

(?なんか言ったか、二人とも)

((!いや、何でも!!))










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