2月14日。
神子としての公務のために王城に赴いていたゼロスが、信じられない言葉を口走った。

「チョコを断ってきたぁ?」

ワイルダー邸の無駄に広い玄関で彼を迎えたのは、帰宅予定とほとんど違わない時間。それだけでもあたしにとっては驚きだというのに、ゼロスは今日一日、チョコを渡しに寄ってきたメルトキオのお嬢様連中を笑顔で断りきったのだそうだ。その上、既にセバスチャンにも話をつけていたようで、自宅に直接届く筈だったチョコも、今広間には影も形もない。

「おいおーい、そんなに驚くことかよー?」

「そりゃ驚くでしょうよ。広間にもっさりプレゼントの山、同じく両腕いっぱいに可愛らしいラッピング抱えてにへにへしながら帰ってくる姿、ばかり想像してたんだから」

「にへにへって…」

「旅の最中には、しょっちゅう女の子たちからグミやらガルドやら食材やら貰ってたじゃん」

「それはシステムの仕様…っていうかそれを率先してやらせてたのはクライサちゃんとリフィルさまでしょーよ!」

ああ驚いた。いっそ引くぐらい驚いた。だってゼロスだよ?女の子たちから大量にチョコ貰ってそれを周囲に自慢して回ることに一年間の全精力を使い果たすような人間だよ?それが全く、一つもチョコ貰って来ないであたしの目の前にいるんだもの。

「…あのさ、モノローグですげぇ俺さまに対して酷いこと言ってない?」

「とりあえずこれ以上引く前に理由教えてよ、お嬢様連中のチョコ断ってきた理由。まさか急に甘いもの嫌いになったってわけじゃないよね」

つい先日、メルトキオでもトップクラスの人気を誇るオシャレなカフェでお茶をした時、ゼロスは苺ショートケーキとモンブランをあたしと半分こしたのである。甘いものは、どちらかと言えば好きに分類される筈で、チョコだって大丈夫だった筈だ。

「んなの決まってるだろ。今年は、去年までと違って俺さまの目の前にはクライサちゃんがいる」

「うん、それで?」

「クライサちゃんがくれるチョコひとつだけで、俺さまは十分。胸いっぱい。つまりそーいうことなワケ!」

「……ほう」

「俺さまの言ってる意味、わかってる?」

「今年はチョコ一個しかいらないよってこと?」

「……間違っちゃいないけど、重要な部分が欠けてるんだよなぁ…」

つまり。

「クライサちゃんから貰えるなら、他のハニーたちからのチョコはいらないってこと」

低めた声で囁きながら、ゼロスはすくい上げたあたしの髪に、恭しく口付けを落とす。そしてちらりとこちらを窺うアイスブルーの瞳。世の女性たちは黄色い声を上げるだろう、つくりがいいだけに画になる仕草は、残念ながらあたしには通用しない。だってその発言は、彼自身の首を絞めることになるだけなのだ。

「そう。じゃあ、ゼロスの留守中に届けに来てくれた仲間たちのチョコも、一切受け取らないってことだね」

「……え?」

あたしのその台詞だけで、早速自分の発言を後悔し始めたのだろう。ゼロスの笑顔が引き攣った。

「コレットの愛情たっぷり義理チョコも」

「愛情たっぷりでも義理に変わりないのね…」

「しいなの意外ときれいなツンデレチョコも」

「ああ、アイツ意外と律儀だから丁寧なんだよな…」

「プレセアの芸術的くまの彫刻チョコも」

「スゴすぎでしょプレセアちゃん」

「リフィルの殺人チョコも」

「何故止めなかったガキんちょ!!」

「そんな四人のハニーたちからのチョコも、あたしのチョコを受け取るからにはいらないって言うんだね?」

ごく落ち着いた口調で確認するように問えば、ゼロスは暫し耐えるように呻いて、そして勢い良く顔を上げてあたしを見た。

「リフィルさまのはまだしも、コレットちゃんたちからのチョコは捨てがたいけど……やっぱり、俺さまが欲しいのは本命からのチョコ、ただひとつだ」

真摯な瞳にじっと見つめられ、しかも本命だなんて言われてしまっては、はからずも胸の高鳴りを感じずにはいられない。


…………のかもしれないけど、やっぱりあたしには無理なので、トドメの一言を告げてやることにしました。


「セレスからのチョコもいらない?」


……………………。
見事に硬直。石化でもしたかというほどのそれに、ついにあたしは笑いを堪えきれなくなった。





「すみません前言撤回お願いします」





(あっははははは!!)

(クライサちゃん…笑いすぎ)

(いやー、ほんといいお兄ちゃんだと思うよゼロス)

(ひぃひぃ言いながら褒められても嬉しくないんだけど)

(セレスからのチョコは?)

(…………すげー嬉しい)

(あははははは!!)

(だーもうやかましい!!)










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