「そうだろうね」
口元に笑みを浮かべ、クライサは続ける。
「あたしが聞きたいのは、ナッシュさんの行方だよ」
大事な資料を持って逃げた、もしくは頭に叩き込んでいるナッシュを逃がすほど、彼は寛容には見えない。マグワールは、少女の言葉に顔を険しくした。
「どこにいるの?別の地下牢にでも閉じ込めてんの?」
「…ここには、いない」
笑みを見せてはいるが、クライサの眼差しは鋭い。彼女の視線に気圧され、マグワールはそれだけ答えた。
「いない?逃がしたってこと?それとも…」
そこまで言って、はっと目を見開いた。
(まさか…)
少女が思い至ったことに気付いた筈なのに、マグワールは否定しない。クライサの出した結論は、どうやら正しいらしい。
「……殺したんだね」
返事はない。それが、少女の言葉を認めることとなった。
「アンタ…そこまでするなんて、強欲にもほどがある!」
「研究資料の在り処を聞いただけだ。ちょっとは痛い目見てもらったがな。もともと体力のない奴だったんだ」
「それで許されると思ってんの!?」
開き直り始めたマグワールに、クライサは怒鳴る。
マグワールは一番あくどいやり方をしているが、町の者やラッセルたちにも非がないわけではない。だから、大目に見てやろうかと思っていたが。
怒りを露にした彼女を前にしても、マグワールは慌てなかった。
「ワシを裁くのか」
「それは裁判所がやってくれるよ。あたしたちには関係ない」
冷めた口調で問うマグワール。それに答えるクライサの声は落ち着いたものだった。
「…けどね、アンタは気に入らない。気に入らないし…許せない」
試験管を挟むようにして手を合わせると、管の中の紅い水が凍り始めた。マグワールはそれに驚いたように目を見開く。
「貴様…一体何者だ…!?」
零れる心配がなくなった『水』を、上着の内ポケットにしまいファスナーを閉める。これで、クライサが多少暴れても、『水』は無事だろう。
「言ったでしょ?あたしはクライサ・リミスク」
『そちらの鋼の錬金術師さんと同じ、軍の狗ですよ』
「氷の錬金術師だよ」