彼らにとっては、偽者のほうが『エルリック兄弟』で、本物のほうが『エドワード様たちに憧れる小僧ども』なのだ。
その小僧どもに、軍人であるリオンが接触しているのだから、彼らが不審に思うのも無理はない。
エドワードは国家錬金術師であり、軍属の身なのだから軍人と親しいのも不思議ではないのだが、残念ながら町人たちはエドワードを偽者だと思っている。
(このまま話してたら、ややこしいことになりそうだな…)
多少寄り道をしたとは言え、あくまで自分の任務はエドワードへの届け物だ。あまりややこしいことに巻き込まれたくはない。
そう、こんな時は。
「何かあったのか?みんな集まって…それもこんな暗い雰囲気でさ」
強引に空気を変えてしまえばいい。自らポットを持ち珈琲をカップに注いでいるエドワードに、リオンは問い掛けた。
「…ああ、町の進退問題にさしかかってるんだってさ」
ノリスという、町でもなかなかの腕を持った細工職人だった男が、この町を出て行ったのだという。
彼は『賢者の石』の研究に賛成していて、マグワールにも一番投資していた。だが今年になって、気管支をやられて寝込んでいた二歳の息子の具合が更に悪くなってきてしまったのだ。
長く付き合った仲間が町を去るというのは寂しい。だが、町人たちの苦悩の原因はそれだけではないのだ。賢者の石の研究に一番の投資をしていた彼の分が欠けては、研究を続けるのが難しい。そうマグワールに告げられたらしい。
だが、皆の生活は充分苦しい。これ以上の出資は厳しい。かといって投資を止めれば、万が一『賢者の石』が出来た時の恩恵に与れないどころか、今まで苦しい中から出資した金もドブに流すようなものだ。
「…これ以上投資を続けても、本当に『賢者の石』が出来るとは限らない」
思い切って止めたらどうだろうか。そう誰かが呟くように言えば、別の者が憤る。
「今までの投資はどうなるんだ!俺は研究が成功すると信じるぞ」
「じゃあ、信じる者だけが投資したらどうだ?」
「待て!そうしたら分担する金額が膨らむだけじゃないか」
皆は口々に主張する。溜まりに溜まった不安や不満が限界に来ていたのだろう。それぞれの声は大きくなり、互いの意見を静聴するような状態ではなくなっていた。