(クライサとゼロス)





あっちへゆらゆら、こっちへゆらゆら。彼女が動き回る度に、目の前で長い髪が揺れる。
リーガルのそれより空に近い色をしたクライサの髪は、向こう側が透けて見えるのではと思う程澄み切った青だった。

「いっ」
「あ」

少女の高い声と男の低い声が重なった。それが発せられたのは同時。ついでに言えば、両者の目が見開かれたのも同じタイミングだった。

「……っにすんのさ、ゼロス!」

「悪い悪い、そんなに怒んなってクライサちゃーん」

男が空色の髪を放したのを確認して、少女は思いっきり不機嫌顔で振り向いた。睨み付けた先には、椅子に逆向きに腰掛け、背もたれに正面から体を預けた男の姿。声はいつもの調子で反省の色は窺えないのだが、表情のほうに見つけて、握りかけた拳を解く。

「で、何?大事な仲間のために一生懸命食事作ってる人の髪を後ろから引っ張って邪魔したんだから、何か緊急の用があったんでしょ?」

「クライサちゃん……台詞がいやに説明的な上に、声に棘を感じるんですけど……」

「怒ってんだよ。殴られたくないなら、なんで髪引っ張ったか言え」

「はひ……」

手を伸ばしたのも、それを掴んだのも、引っ張ったのも、無意識だった(だから思わず、あ、と間抜けな声を出してしまったのだ)。ゆらゆら揺れる空色が、まるで、誘っているようだったから。

「アンタは犬猫か。ったく、人の髪にじゃれつくなっての」

「えー?でもクライサちゃんだってわかるだろ?目の前でゆらゆらひらひらしてりゃ、掴みたくなるって!ほら、ロイドくんの白いアレとか!」

「……あー…」

「な!」

「でもそれとこれとでは話が別」

そんな一言と共におたまを振り下ろされ、男は頭を抱えて呻き出す。無視して作業を再開したその背後で、ゼロスはぼそりと呟いた。

「冷たいのかと思ったんだ」

「は?」

振り返った彼女と、再度絡まる視線。スカイブルーの眼に、アイスブルーが映る。

「あんまり見事な青だったもんで、触ったら水みたいに冷たいのかなー、なんて…」

「へーぇ。じゃあゼロスくんの髪は炎みたいに熱いのかな?」

「え」

予想もしなかった言葉を返されて、暫しの間呆然とする。間抜け面で固まっていると、少女の白い手が伸びてきて、お返しとばかりに赤い髪を引っ張られた。いで、と声を上げればクライサは上機嫌そうに笑う。

「あったかいね、ゼロスの髪は」

「……は」

笑顔のままそう言って、彼女は今度こそ調理作業に戻ってしまった。自分の手で長い横髪に触れてみても、もちろん温かさなんて感じない。

(……やべー、かも)

右の手のひらで口を押さえて、心の中で一言。視線の先の彼女はもう振り返りはせず、ご機嫌な様子で食事の支度をしている。
あの笑顔が、頭を離れなくなった。





コントラスト
(紅い心も、ゆらゆらり)







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