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ああ、いい天気だなぁ。

芝生に背中を埋もれさせながら、視界のほとんどを占める青空にクライサはぼんやりと思った。

ここ最近、というかエルリック兄弟と行動を共にするようになってから、怒涛のように日々が過ぎていく。彼らの道中にはトラブルが多い上に、自分の目的に関わる重大な事件もあったりして、考えさせられることが多くあった。
しかし、この広い空を目にすると、ごちゃごちゃの頭の中が真っ白になるようだった。郊外の砂粒を含む風のせいで少しだけ茶色がかった空は、それでも自然の青でもって地上の全てを見守っている。その青を、何も考えずに見上げていられる時間が、こんなにも穏やかだったなんて知らなかった。

「うぎゃあああぁぁぁ!!」

……この絶叫さえなければ、本当に穏やかな時間だったんだけど。





それぞれの絆 第一章





セントラルシティから遠く離れたこのダブリスは、大きな町ではあるが都会の喧騒はなく、行き交う人々の足取りや表情に忙しなさは見当たらない。通りで商売人と客が談笑する声や、空き地で遊ぶ子どもたちの笑い声が聞こえてくるような、のどかな空気に満ちた町だ。
クライサたちがこの町にやってきたのは、エルリック兄弟の師匠を訪ねるためだった。

「ほら、クライサ!いつまで寝てんの、次はあんたの番!」

自身を呼ぶ声に顎を上げて頭の上を見る。編み上げた黒髪を高い位置で束ねた女性が、逆さまの視界に映った。彼女がエルリック兄弟を心身共に鍛え上げた師匠、イズミ・カーティスである。
一見普通の奥さんにしか見えない彼女だが、その細い手足のどこにそんな力が、と問いたくなるような容易さで機械鎧をつけた少年や大柄な鎧を投げ飛ばす。かく言うクライサも散々投げられた身だ。

「…………はぁい」

そこそこ受け身をとれているとはいえ、何度となく宙を舞い、芝生に叩きつけられて、リベンジに燃える気力は早々に叩き折られてしまった。些かげんなりした思いで返事をしながら立ち上がれば、投げ飛ばされたばかりのエドワードとアルフォンスが芝生に転がっていた。

エルリック兄弟がイズミのもとで修行したのは、彼らが母親を亡くした後、人体錬成を行うまでの短い期間だけだった。それ以来一度も訪れなかったダブリスにやってきたのには二つの理由がある。
一つは、賢者の石についてイズミに聞いてみる、ということ。だが、石に興味がないというイズミからの情報は得られなかった。
もう一つは、強くなること。石の情報を追う兄弟は、故郷を出てからの旅の中、幾度も危険な目に遭ってきた。最近では、スカー、元第五研究所の番人などとの戦闘で、命を落としかねない場面に遭遇したこともあった。そこで、改めてイズミのもとで特訓を受けようと思ったのだ。
クライサはイーストシティやセントラルシティで用を済ませてから合流したのだが、イズミの強さを目の当たりにし、自分も一緒に鍛えてもらおうと特訓に加わった。……が、その厳しさに、ちょっぴり後悔していたりもする。

「うう〜、師匠(せんせい)の鬼〜……」

夕刻、投げられてばかりの組み手を終え、次のメニューだとランニング三十キロを言い渡されたクライサたちは、三人揃って町中を走っているところだった。
師匠に対してつい敬語を忘れたエドワードは強烈な拳を食らい、機械鎧の右手で赤くなった頬を冷やしている。

「もう兄さんってば。敬語をちゃんと使わないとダメだよってあれほど言ったのに」

おぼつかない足取りで走る兄を見て、アルフォンスは苦笑した。生身の身体がない彼はいくら走っても疲労を感じることはないのだが、体力はつけられなくても精神力はいくらでも鍛えられる、というのがイズミの持論である。

「ほんと容赦ないね、イズミさんって。あんなにかなわないって思わされる人、初めて会ったよ」

クライサは走りながら、両手でシャツやハーフパンツを叩く。兄弟と一緒になって、一日中筋トレや組み手をしていたので、全身埃まみれだ。左右で束ねた長髪にも砂が混じっていて、軽く梳いた手にじゃりじゃりとした触感が伝わってきた。

「グランのおじさんだって、もうちょっと勝つ隙あったのになぁ」

「グランのおじさんって?」

「ほら、前にちょろっと話したじゃん。『鉄血の錬金術師』バスク・グラン准将。軍隊格闘の達人で、二、三回指導してもらったことあるんだ」

「准将をおじさん呼ばわり……」

「なんかもう、お前ってすごいな……」

クライサが鍛錬を始めたのは国家資格を得て軍に入ってからだが、筋力の劣る女子だということを自覚していた彼女は、ひとの何倍も鍛錬に励んだ。おかげで、そこらの成人男性なら瞬殺出来るほどに成長したし、兄弟の旅に同行して足を引っ張らない腕前だと、彼らも認めている。
が、イズミには勝てる気配が欠片もなかった。たとえ錬金術を使ってでも、彼女には勝てそうもない。何しろ、忘れがちだが、彼女はエルリック兄弟の“錬金術の師匠”なのだから。

「よし、ラストスパート!アル、クライサ、店まで競走だ!」

「オッケー!」

「負けないよー!」

日の暮れたダブリスの町に明かりが灯りだす。三人は石畳に映る窓枠の影を踏みつつ、元気よく駆けだした。








 
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