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エドと共に国外へ旅に出て数ヶ月。
様々な国や地域を訪れ、様々な人に出会い、様々なことを学んだけれど、あたしの寿命を延ばす術は未だ見つからなかった。
しかし、それで心折れるあたしたちではない。エドとアルだって、肉体を取り戻すために長い旅をしてきたのだ。あたしたちの旅は始まったばかり。長い時間があるわけではないとはいえ、焦り過ぎたって仕方がないのだ。
機械鎧の整備や定期健診のために一度アメストリスへ戻ってきたあたしたちは、その日は移動の疲れを癒やすべく中央の市内に宿を取った。
あたしが高熱を出したのはその晩だ。
翌日、同じ市内で暮らすノックス先生をエドが連れてきてくれて、あたしは風邪だと診断された。旅の疲れが出たのだろうと、彼はあっさりとした口振りで言うけれど、その表情は厳しかった。
免疫力が低下している、と。そう告げられたのは旅に出る前の健診の時だ。ただの風邪が命に関わる事態を招くかもしれない。だから決して無理はするなと釘を刺されていた。無理をしたつもりはなかったのだけど、自覚していた以上にあたしの身体は弱っていたのかもしれない。
ノックス先生は薬を処方した後帰っていき、エドが夜通し看病してくれた。彼だって旅の疲れがある筈なのに悪いことをしてしまったと、高熱に混濁した意識のなか思った。
今までだったら二日も経てば下がっていた熱は、三日四日と過ぎてもなかなか下がらなかった。エドから連絡を受けたリオやウィンリィが見舞いに来てくれたけど、いまいち意識がハッキリしなくてどんな会話をしたか覚えていないことが申し訳ない。
五日過ぎて漸く熱は下がったけど、削ぎ落とされた体力を取り戻すにはまだまだ時間がかかる。一日だけ滞在する予定だった宿にこんなに長く居座ることになると思わなくて、やっぱり申し訳なかった。
エドは。
……エドは、ずっと、微笑っていた。
あたしを不安がらせないように、大丈夫だよって微笑んでくれていた。
それはあたしを安心させてくれたけど、だからこそ。やさしい彼に気を遣わせてしまったことが、申し訳なくて、悔しかった。
頭がぐらぐらして、酷い吐き気がして、全身重くて、寒くて、目を開けていられなくて。
あたしの手を握ってくれていたエドの手の感触さえわからなくなって、情けないけど、本当に、“死”を意識した。
そして、はじめて、気づいた。
「クライサ?もう起きて大丈夫なのか?」
熱は下がったけどまだ全身気怠い。それでもベッド上で体を起こしたあたしに、ちょうど部屋に入ってきたエドが問う。あたしが頷くと、エドは顔を曇らせた。
「大丈夫に見えねぇよ」
「……心配性だなぁ」
「うるせ」
クスクスと笑うあたしが横になる気がないと見ると、ベッドに腰掛けて自身のほうへあたしの体を凭れさせる。
……エドだなぁ。
そんな当たり前なことを感じながら、あたしはその温かさに目を閉じた。
“不幸”がりたくなかった。
右目が見えなくなって、体の内からも弱っていって、先が長くないと言われても、あたしは“不幸”とされたくなかった。
惨めに見られたくなかったからじゃない。あたしの人生に溢れている“幸せ”を認めて欲しかったからだ。
大切な人がたくさん出来て、充実した毎日を過ごせて、望みも叶えられて、こうして大好きな人の隣にいられる。それはとても、身に余るくらい幸せなことだから、“不幸”だなんて思われたくなかった。
そもそも死にかけたのはあたし自身のせいだし、もう一度生かされたのは奇跡的な幸運だ。何を責めようとも思わない。
だから、そういうものだと思っていた。
納得していた。
諦めて、いた。
『オレは諦めてないからな』
ひとりで、勝手に。
「ごめん。エド……ごめん」
“死”を意識して、仕方ないかなって思った。
予想していたよりちょっと早かったけれど、ここで死ぬならそれも仕方ない。抗えないって思った。
だけど、それは。
「あたし、いつも自分のことばかりだった。アンタの気持ち、考えてなくて。自分勝手なことばかり言って」
『そんな方法、あるわけない』
『好きだ』
それは、置いていく、こと。
アンタを遺して、逝くことなんだね。
「アンタが好きだって言っておきながら、ひとりで納得して、ひとりで逝くなんて」
失うこと、ひとり取り残される恐怖を知るアンタを置いていくなんて。
「そんな酷いこと、ないよね……」
好き、なんて。
言わなければよかったのかもしれない。
仲間で、友達でいれば、こんな恐怖、不安を抱かなくて済んだかもしれない。
たとえばアンタから好きだと言われても、拒絶していれば。なんて考えるあたしを、アンタはどう思う?馬鹿だって笑う?それとも怒る?
だってそんなこと、出来やしないんだから。
「好きだよ。好き。大好きなんだよ、エド」
溢れて、零れる。
漸く取り戻したそれを彼の前で見せることは初めてだった。
彼は何も言わない。
「好きで、好きで、好きだから……怖い。アンタを置いていきたくない。アンタと一緒にいたい。……死にたく、ないよ……」
怖い、怖い、……こわい。
もしかしたら近い未来。そうでなくても遠い将来、必ず訪れる別れが怖い。
あたしがいなくちゃダメだなんて自惚れだけど、あたしがいなくても大丈夫なんて、アンタは嘘でも言ってくれないから。
「……うん」
抱き寄せる腕。包み込む体温。
「うん……そうだ。そうだよ……うん」
金色の眼を涙越しに見た。
「おまえは、オレの隣にいてくれよ。おまえじゃなきゃ、嫌だから」
間近で見た笑顔は、いつもと何も変わらない、あたしの大好きなエドワード・エルリックそのものだった。
「一緒に生きような、クライサ」
青空には太陽
【H26/05/04】
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