「クライサ、そんな心配すんなって。トワが死ぬわけないだろ」
「そんなのは当たり前。ふざけたこと言わないでよ」
慰めようとしているのか、クライサの肩をポンと叩くハボック。彼の笑顔に、彼女は真顔で返した。
クライサの調子がおかしいのは、先に言った通り、長い期間トワと会っていないからだ。彼女が戦地に向かったからではない。
(だって、)
リオンがそうであるように、クライサはトワの力をよく知っているからーー否、誰より彼女を信じているから。クレタの兵などに負ける筈がないと、絶対の自信をもって言い切れるから。
それゆえ、クライサを慰められる言葉なんてありはしない。トワが帰ってきてくれることだけが、彼女が元気を取り戻す方法なのだ。
「ありゃー、随分ヒドイことになってんな」
背後から聞こえた声に振り返ると、見知った人物が司令官と共に司令室へ入ってきたところだった。長い黒髪を一括りにした彼にも、ここ暫く会っていなかった気がする。二ヶ月ぶり位だろうか。
「エックスフィート大尉」
「どうしたんだ?クライサのやつ」
彼に向けた視線を、再び少女へ。体を起こしたクライサは、紙上にペンを滑らせているが、その目の焦点は合っていない。どこからどう見ても、変だ。
「……二ヶ月前からろくに休んでないんだ、アイツ」
トワの帰りが遅い、と感じ始めた頃から、クライサは家に帰ることをしなくなった。休みを返上してまで、司令部で仕事をし続けている。
「いつトワが帰って来てもいいように、トワに関する情報が入った時に聞き逃さないようにって、司令部を離れようとしないんだ」
あの様子では、睡眠すら満足にはとっていないだろう。家にも帰らず、着替えもロイに運んでもらっているぐらいだ。誰よりも、彼女の帰りを待ち望んでいる。
けれど、いくらクライサといえど、体力の限界というものは訪れるわけで。
「多分、そろそろ限界なんじゃないかな……って姫!?それはインク!珈琲じゃないから飲むな飲むな!!」
「うあー」
「幻覚見るくらいなら休め!!人の腕を噛むな!!寝ろ!!」
明らかに弱った少女と、その世話を焼く少年を眺めながら、リオが口を開いた。その声は小さく、隣で腕を組んで難しい顔をしているロイにしか聞こえない。
「話してやったほうがいいんじゃねぇの?」
「……黙っていたほうがいい、と言ったのはお前だぞ」
「俺だけじゃねぇよ。ハボックたちもそうだ」
「……」
「あんなクライサ、見てられるか?」
「……今更、どう話せと言うんだ」